【書店ぶらり旅Vol.02(後編)】客を“歩きまわらせる”店を支える驚異のメンテナンス――あおい書店横浜店


■1つの作品が店内の複数の場所に……!

こうしたラインナップは一見趣味的にも見えるし、実際担当者の好みと無関係というわけでもないだろう。だが、この渋いラインナップは戦略的でもある。前編でも触れているとおり、あおい書店横浜店は、決して駅からのアクセスが抜群という店舗ではない。だから、どこにでもある売れ筋タイトルばかりをプッシュしているだけでは、アクセスのいい競合店に客を奪われてしまう。だからこそ、「競合店がプッシュしていないタイトルを揃え、プッシュする」ということが重要になるのだ。

そして、売れ線だけが並んでいるわけではなく、棚ごとに個性的なタイトルが並んでいるから、売り場の隅から隅までを見たくなる。結果的にお客さんを“歩きまわらせる”店ができるのだ。

実際、店内を案内してもらっている間にも、どんどん購入作品が増えていく。なかでも、集英社、マーガレット系の棚で石田氏が「これ、ちょっと昔の作品ですが、年間50冊とか売れるんですよ」と「青春トリッカーズ」(水野美波)を紹介してくれたときは、全員がカバーに一目惚れ。一斉に手に取り、在庫がなくなってしまった。

2010年9月発売の「青春トリッカーズ」(水野美波)。若手作家の単刊作品が発売から2年近くたって面陳され、動いているのはすごい。

すすめられた瞬間、躊躇なく全員が手に取り、お買い上げ。この棚は商売上手すぎる。

そして、店内を歩き回っているとふと気付いたことが。同じ作品が店内のいろいろな場所にあるのだ。たとえば、「ちょこらん」(にしがきひろゆき)は、レジ近くのオススメ作品棚にPOP付きで置かれているが、IKKIの棚でも面陳されている。同じように、複数のコーナーに置かれている作品が少なくないのだ。

IKKIの棚で面陳されている「ちょこらん」(にしがきひろゆき)。主人公・たかはしたかしくんのツッコミ力に定評のあるギャグだ。

通称“俺様コーナー”と呼ばれるコミック担当のパワープッシュタイトルが並ぶ棚には、「ちょこらん」がPOP付きで。

“オレ様コーナー”の様子。レジ横の一等地にある。

ちなみに石田氏の胸ポケットにはPOPが。棚のチェックなどをしながら随時設置しているそうだ。この日入っていたPOPは、どうやら「オオカミ少女と黒王子」(八田鮎子)だった模様。

作品に複数のフックがある場合も珍しくない。作家名や絵柄で興味を持つ人もいれば、作品のテーマが引っかかる人もいる。いろんなところでプッシュして、網を張るというやり方は、広い店ならではであると同時に、「客を迷わせる」というコンセプトとマッチした工夫だ。

だが、そういう売り場を作り、維持するには、それだけの手間暇がかかっている。1つの作品を複数の場所に置く方法にしても、売り場を作るときはいいが、その本が売れたとき、どこの売り場に補充すればいいかわからなくなる。だから、石田氏はレジでの売れ行きチェックだけでなく、マメに店内を歩き回って棚の欠品を確認しているという。それにしたって、この物量だ。どこに何があるか把握するだけでも簡単なことではない。

棚には番号が。棚番号と一緒に欠品をメモして補充をしているそうだ。ランジェ氏、太田氏の現役書店員2人は「補充だけでも大変そう……!」と絶句していた。

しかも、面陳などによるプッシュをこれだけ行っているということは、その分、定期的に大量のプッシュタイトルを入れ替えないといけないということでもある。面陳やオススメ棚のラインナップは1か月程度で4割程度が入れ替わるという。これまた把握が大変だし、置く作品も新刊に限らず考えるとなると、無数の候補から選ぶことになる。考えるだけで気が遠くなるような細かなメンテナンスの上に成り立っているのだ。

ちなみに、ほかの写真ですでにお気づきの人もいるだろうが、このお店のコミックのビニール包装はシュリンカーでかけられたものではない。実はすべて手作業で袋詰めされているのだ。やはり現役書店員2人は絶句。

■良質なカタログ誌のような売り場

巨大書店は“Amazon化”するのか? 今回のレポートでは、まずそんな問いかけを掲げた。その答えは、ある意味ではイエスだ。ほぼ絶版状態の名作も手放さずしっかり確保しているあおい書店横浜店の棚は、catu氏が「ここならあるだろうっていう信頼感がある」と語るように、既刊倉庫としての充実度が非常に高い。

だが、一方で「新刊が出たら来るというより、週末とかにじっくり見に来るようなお店」と太田氏が話すように、この店の棚は一種の巨大な展示場や特集カタログ誌のように仕上げられており、たくさんの知らないタイトルに出会わせてくれる。それは、ネット書店とは一線を画す店作りだ。

こうした店作りのコンセプト自体は、とりわけ珍しいものではなく、リアル書店なら大なり小なり考えていることだろう。しかし、それを実現するために、徹底したメンテナンスを行っていることが、あおい書店横浜店の棚を濃厚にしている。巨大な売り場を支えているのは、細かな目配りなのだ。

そして、だからこそ。

小林、この日のお会計。

今回も取材後、マンガを買いすぎてしまったのだ。

■店舗データ


あおい書店横浜店
住所:神奈川県横浜市西区南幸2-16-1 ダイエー横浜西口店5F・6F
電話番号:045-349-8377
営業時間:10:00~23:00
URL:http://www.aoishoten.co.jp/
MAP:あおい書店横浜店

※掲載した店舗情報は2012年10月31日、写真などは2012年4月28日時点のものです。

記事:小林聖
ネルヤ編集長。フリーライター。小林が悪い。Twitterアカウントは@frog88

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