気付いてた? 小説や雑誌にはない、独自進化を遂げたマンガの活字ルール


マンガには、たくさんのネーム(ここでは文字・活字を指す)が登場する。その活字の使い方に、マンガの世界だけの独特のルールがあることをご存じだろうか。

と大上段に構えてみたものの、正確には「ルール」ではなく「慣習」という程度のものであって、「コレじゃないとダメよ」と厳密に規定されているわけではない。しかし、ほとんどの出版社がそれを踏襲している点が実に不思議で、これはもう「ルール」と呼んでもいいんじゃないかみたいな感じなのである。

それは、マンガの本文ネームの書体についての話だ。

活字には、さまざまな形にデザインされた書体がある(26字しかないアルファベットに比べ、何万字もある日本語の文字をデザインするのがどれほど大変な作業か、ちょっと想像してみてほしい)。代表的な書体といえるのが明朝体とゴシック体の2つで、名前ぐらいは誰でも聞いたことがあると思う。軽く説明すると、明朝体は長い文章を読むのに適しているから新聞や小説などの本文に使われ、ゴシック体は視覚に強く訴える力があるためタイトル部分などに多く使われる。

明朝体にもゴシック体にも、それこそ星の数ほどの種類があり、一つの書体の中に何段階かのボリューム(文字の太さ)が用意されている。興味をもたれた方は、たとえば何紙かの新聞を見比べてみてほしい。それぞれの本文に使われている明朝体が、ビミョーに違っていることがわかるはずだ。ちなみに、新聞には新聞ならではの事情があって、「平体」という処理が施されている場合もある。これは文字を天地方向につぶして使用する方法だが、単に読みやすさを求めたせいでそうしたとか、限りのある紙面の中でなるべく多くの文字数をかせごうとしたからなどといわれている。

■活版印刷時代に“発明”された? マンガの独自フォント

さて、マンガに戻る。

「マンガだけの独特なルール」というのは、主にフキダシの中で使われる活字が、明朝体とゴシック体の合体バージョンになっていることだ。カナに明朝体、漢字にゴシック体を組み合わせた特殊な書体で、これを「アンチG」などと呼ぶ。アンチといっても「○○嫌い」のアンチではなくて、アンチック(骨董品のアンティークと同じ単語)という風流な名前をもつ明朝体にゴシック体(G)が組み合わせられているから、アンチ+GでアンチGになったのである。

明朝体とゴシック体の例。ここではMS明朝とMSゴシックを使用。

一つの文章の中で複数の書体を使い分けることはままあるが、明朝体とゴシック体が常時合体しているのがデフォというのはマンガだけ。ほかの出版物では、まず見かけない。これは大昔からの伝統で、ケント紙に羽根ペンで描いていた時代も、デジタルで描く人が多くなった今も変わらないのだ。

では、なぜアンチGがスタンダードになったのか? ここが不思議でたまらない。

何年も前の話だが、そこが知りたくて複数のマンガ編集者に質問してみたことがある。しかし、誰一人としてその理由を知らなかった。ところが、後になって一つの説にぶち当たった。割と真実味のある説だ。

話は、まだ活版印刷(大量の文字のハンコみたいなやつを手作業で並べて、印刷用の「版」を作る方法ね)だった時代に遡る。明朝体の特徴は、文字の横棒が細く縦棒が太いことだが、当時の印刷技術では横棒がカスレてしまうことが多かった。そこで対策が練られたのだが、今のように書体が豊富にそろっているわけではないから、明朝体以外にはゴシック体しかない。ところが、角張っていて重い印象のゴシック体はマンガのネーム(つまり会話文)にはそぐわないため、試しに漢字だけに使ってみたら意外と座りがよかった。それがマンガ業界全体に広まり、現代まで継承されている……という説である。

本当かどうかはともかく、これ、納得できました。正解な感じもプンプン匂う。

しかしながら、編集や印刷の世界にIT化が進み始めた頃には、この“アンチG文化”もいったん崩れかけたのだそうだ。フォントの供給が遅れたのが原因だという。

私もよく覚えているが、初期のDTP(デスクトップ・パブリッシング/簡単にいえば、パソコンで編集するってことね)はまったくレベルが低く、使い勝手も最悪だった。トラブルも頻発し、とてもプロユースのレベルにない代物でもあった。

やっと安定したのは、おそらく2000年あたりだと思う。ちょうどその頃、印刷会社と出版社とデザイナーの間にある程度のコンセンサスが出来上がり、原稿のやり取りもスムースに進むようになった。もちろん、今ではマンガ編集もDTPが当たり前になっていて、アンチGのフォントもフツーに販売されているから、文化は見事に守られたわけだ。

■小学館系列と講談社系列では文章のルールも違う

ところで、マンガには会話以外のネームもいろいろ登場する。それはモノローグやナレーションであり、擬音語や擬態語である。こういうネームには、当然といえば当然だがアンチG以外の書体が使われる。

使われ方が定番化した書体もある。たとえば「怖」とか「霊」とかいう文字が登場したときには、「淡古印」や「隷書体」であることが多い。適材適所というか、そのコトバにふさわしい書体選択がなされているわけだ。

ついでに触れておくと、小学館系と講談社系のマンガで決定的に違っているのが、句読点の使い方。小学館系がテンとマルをきっちり使うのに対し、講談社系はそれらをすべて省略してしまう。このルールについて、小学館の某マンガ誌編集長に聞いてみたら、「会社の決まりだから従ってるけど、個人的には別にどっちでもいい」とのことだった。ま、好みの問題ってことだね。

マンガを読むときに、このあたりのこともちょっと気にかけると、より深い楽しみ方ができるのではないかと思ったりする。

記事:浮田キメラ
幼少時よりのマンガ狂で、少年ジャンプ創刊号をリアルタイムで買った経験もある。
「上手にホラを吹いてくれる作品」が好み。

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