穂積という恐るべき新人は、極めて静かに登場した。
騒がれていないという意味ではない。むしろ9月10日の発売前後から、僕のTLにいる書店員などの間で異様なまでに語られ、絶賛されている。ユーザーによるブックレビューサイト・ブクログでも、13日時点で過去1週間の登録ランキング1位を獲得した。新人の初単行本で、しかも一般になかなか動かないといわれる短編集が、だ。
だが、そういう勢いとは対照的に「式の前日」の佇まいは静かだ。少なくとも奇抜なキャラクターや独創的な世界観が広がるような、派手な作品ではない。
結婚式を翌日に控えたある女性の1日を描く表題作「式の前日」を筆頭に、6編の収録作はどれも一見“なんてことはない”物語ばかりだ。特に多いのは家族をめぐる物語。家族というのは日常風景の典型で、取り立ててドラマチックでもなく、いつまでもかわりばえのしないような生活の代表例みたいなものだ。
あんまり当たり前の風景だから、気を抜いてするすると読み進めてしまうのだが、するとやがて読者は「え!」と驚かされる。スルッと足下からひっくり返されるような気持ちになる。そして、気付くのだ。当たり前のような風景には、言葉にできない愛情や想いが潜んでいたことに。そこで流れる涙は、切なくて、でも温かく、幸福だ。
アドレナリンが出まくるような話でもないし、読み手をどこか遠くへ連れて行ってくれるような物語でもない。「式の前日」の佇まいは、日常風景や家族そのもののように静かだ。
だけど、人が家族の風景を決して忘れないように、読んだ人はきっと、この作品と穂積のことを忘れないだろう。「式の前日」は、かけがえのないものが眠っている、宝物のような短編集なのだ。
(本作は1巻完結です)
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。この時期になると毎年スピッツの「夏が終わる」を聞きます。仕事のご相談とか承っていますので、お問い合わせかTwitterでお気軽にどうぞ。Twitterアカウントは@frog88。
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小学館コミック -フラワーズ-
小学館:コミック 『式の前日』
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