“卒業”としての恋物語――「路地恋花」(麻生みこと)


「大人の恋物語」というと、不倫や肉体関係をめぐる物語のイメージが強くなる。だけど、「路地恋花」(麻生みこと)は、そういうのとは異なる大人の恋模様を描いている。

京都のものづくり長屋を舞台にした本作は、1話完結の恋愛オムニバスシリーズだ。描かれる恋は叶ったものもあれば、叶わなかったものもある。ただし、叶わない恋のビターさを描く点が大人というわけではい。「路地恋花」における恋は、通過儀礼としての恋になっているのだ。

物語としての恋はいつでもハッピーエンドのようなゴールを見せてくれる。少年誌なら象徴的に“キス”が、もう少し年齢が上がれば“結婚”あたりがゴール設定になる。そこにさえ辿り着けば、物語は永遠の幸福が約束してくれる。

「路地恋花」の長屋もまるで永遠のような幸福感に満ちている。夢を持った若者が、慎ましいながらも職人として活き活きと働く。その姿はあくせく働く社会人にとって憧れでもあるだろう。

だけど、ものづくり長屋は本質的に仮住まいだ。心地よく職人としての生き方を支えてくれるけれど、子どもを作って育てるための場所ではない。若い人たちのスタートアップのための場所であって、一生を過ごす場所ではないのだ。当たり前の日常のように描かれているが、職人として人生をまっとうするためにはいつか長屋を卒業していく必要がある。

この視点は、恋にも共通している。想いをまっとうするために、添い遂げるために、生活を、人生を変える決意をする、次に進むためにひとつの恋に別れを告げる……。「路地恋花」の恋模様は、ゴールに向かっていると同時に、ひとつの季節からの卒業の物語にもなっているのだ。

結婚や出産のような、明確な人生の節目は本編ではほとんど描かれない。だけど、そこには青年期を卒業していく、大人になるための通過儀礼のような一瞬が描き出されている。恋も仕事も、人生を選び取ることなのだと、囁くように。



(本作は全4巻完結です)

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。最近、某編集部に大学時代の後輩が配属されたことが発覚し、僕の黒歴史の扉が開かれました。やりづらいです。Twitterアカウントは@frog88

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