本作には「闇雲にインターフォンを押すようなこの仕事が気に入っている」と語る宅配便のドライバーが登場する「THE WORLD」という短編が収録されているが、これはまるで「誰がそれを」を象徴するようなセリフだ。
田中相の第2短編集となる本作には、10年ぶりに幼なじみの男の子が“女”になっていた「加古里・すずしろ」や、アジアらしいどこかの国で暮らすある若い家族の新たな旅立ちを描く「風の吹く吹く」、ハイテンションなラブラブカップルの少し不思議な物語「恋する太陽系第3惑星地球在住13歳」など、舞台も切り口もバラエティ豊かな7つの作品が収録されており、それを一言で表現するのは難しい。だが、同時にどの作品のキャラクターも愛らしさに満ちており、幸福な読後感を与えてくれる。
面白いのは、「誰がそれを」は幸福な読後感でありながら、決して多幸感に満ちているわけではない点だ。突然女子高生とつき合うことになった社会人の青年を描く「あしたの今日子」にしても、喜び以上に「本当に俺でいいのか?」という不安やある種のコンプレックスのようなものが物語の底にある。そして、その結末も完璧な「めでたしめでたし」というよりは、彼自身が課題を抱えたまま、前に進もうとするところで締めくくられる。そこでは具体的な問題解決がなされているわけではない。
冒頭に挙げた「闇雲にインターフォンを押す」というのは、そういう田中相のスタンスを実によく表現している。知らない家のインターフォンを押したとき、そこから出てくるのが幸福なのか、不幸なのかは、インターフォンを押して扉が開くまでわからない。だから、闇雲にインターフォンを押すというのは、勇気というより蛮勇に近い。
だが、人の未来はつねに不確かだ。何が出てくるかわかった状態で未来に進める人間はいない。人が前に進むというのは、わからないままインターフォンを押す行為なのだ。
不確かな未来に向かってインターフォンを押す人々を祝福する。それが「誰がそれを」にある幸福感なのだ。
(本作は1巻完結です)
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。年末は「どうぶつの森」で過ごします。Twitterアカウントは@frog88。
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