これ、ここだけ取り上げると、「データの見方があまりにもパターン化した出版社サイドの問題」というように見えたりするのだけど、現実問題として、発売から1か月も経つと、作品が売れるチャンスはかなり下がる。
なんでかというと、簡単で、単純に返本されたり、新刊コーナーからいなくなって棚差し(本棚に普通に収まっている状態)になったりするから。返本されたらとりあえずその書店では売れる可能性ゼロ。棚差しはチャンスはあるけれど、平台よりも圧倒的に目にとまりづらいポジションなので、かなり不利だ。
もちろん、「なら、なるべく長く平台に」となるのだけど、マンガの単行本というのは、1か月に900タイトル前後出ていたりする。それが全部入荷するわけではないにせよ、膨大な数の新刊が押し寄せてくるわけだから、どうしても限りあるスペースはどんどん入れ替えざるをえない。
結果、店頭で売れるチャンスが高いポジションをキープできる期間も、実際発売から1週間から1か月程度ということが多くなるわけだ。だから、データを見る側も初動を重視せざるをえない。そして、正味なところ、大量にマンガを買うような人も、おおむね「なるべく早く買う」という習慣の人が多いはずだ。発売から2週間もすると、見つけにくくなったり、手に入りにくくなったりする作品が多いからだ。
というあたりが、「コミックスは初動が大事」という話の(僕の知るかぎりの)バックグラウンドだ。だが、この話であんまり重要視されなかったけれど、もっと本質的な問題がある。
それは、「読者(消費者)側がそこまで『貢献』を意識しなければならない」ということの是非だ。
「欲しいものが欲しいときに手に入る」というのが読者の基本的な要望であって、「その作品に売れて欲しい」という思い入れを持つのは、レアというか、よっぽどのことなわけだ。少なくとも、そこまでの責任は読者側にはない。だから、早く買おうがあとから買おうがどうでもいい(この話のきっかけになった作家さんたちのつぶやきも、その辺はもちろん重々承知の上で書いているわけだけど)。
ただ、ある部分では、早く買うことが読者にとっての利益でもある。最初に説明したように、売れ行きが悪かった作品はどうしても「討ち死に」していくことになる。たとえば、部数が下がる。そうすると、「どこでも買える」状況はなくなる。そして、最終的には作品が刊行されなくなるので、単行本で読めなくなる。さらには、単行本が出なくなって生活が行き詰まれば、描き手もマンガ家を辞めなくてはならなくなる。結果として、読みたい作家の作品を読めなくなる。
だからこそ、個人的にはなるべく早く買おうと心がけるようにしているという感じなのだ。
で、もっというと、現実には「どこで買ったほうがいいか」というのだってある。参照するデータが出版社によって異なるので、一概にはいえないけれど、特定の書店の売り上げをもとに、どうするかを話し合うこともある。いわば、1冊の格差みたいなもので、同じ1冊購入でも出版社に対して影響力が高くなる買い方というのはあったりするのだ、現実問題としては。
けれど、この話は突き詰めていくことにほとんど意味がない。「描き手を支えたい」という買い手側の気持ちが善意であったとしても、最終的にそういう方法論が浸透した先に残るのは、「偏った消費スタイル」と「偏ったデータ」に過ぎない。結果的に「初動重視」はますます加速していくことになるし、おそらくその分発売から時間が経った作品はますます手に入りにくくなるだろう。その未来像は、果たして本当にマンガと読者にとって幸福な形なのだろうか?
普通に考えて、それはむしろ不幸だ。
現状のシステムに対する対症療法として「発売直後に買う」というアクションは正しい。だけど、ここで本当に考えておかなければいけないのは、「初動偏重にならざるをえない市場構造で、作品を最大限求める人に届ける仕組み」であり、そうすることによる「作家支援」の形だったりするわけだ。
もちろん、簡単に変わる話ではないのだけれど、対症療法だけが浸透していくとしたら、結局のところどこにも行き着かないので、もう少しこの構造的な問題が、この話に付随してくるといいのにな、というのが今週思ったところだったりする。
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。最近、読むナビさんでオススメ紹介を始めました。Twitterアカウントは@frog88。
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2 Comments for コミックスは初動が重要……でも「発売直後に買う」は本当に正しいアクションなのか?
長い
ふつうに買えばよい
ある時点の「断面」や「期間」のデータで増刷部数を決めてるみたいな書き方に見えますが
増刷判断に必要なのは「推移」のデータですよ。
最初の3ヶ月で1000部→100部→100部売る漫画より
200部→400部→600部売れる漫画の方が増刷されやすいのです。
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