書籍流通を行う、取次大手のトーハンが3日、デジタルコンテンツの店頭販売システムを開発したことを発表した。おおざっぱにいえば、電子書籍を書店の店頭で購入できるようにするシステムで、今年12月には提供開始予定だという。
このニュースはTwitterなどでも話題になったのだが、面白いのはその反応だ。「面白い」と評価する人もいる一方で、「電子の意味がない」という否定的な反応も多く目にとまった。
たぶんこの温度差は、書店に対するスタンスの違いから生じている。
電子書籍なのに書店で売るなんて馬鹿げているという主張は正しい。全国どこでも、ユーザーの好きなときにすぐ本を買えるのが電子書籍の優れたところだ。
しかも売り切れがない(=入荷数の違いがない)のだから、ますます書店を渡り歩く意味はない。書籍の市中在庫問題についてのコラムに対して、「電子書籍ですべて解決」という反応も多かった。
自宅で買えるのにわざわざ店頭に足を運ぶなんてバカバカしい。ナンセンスだといっていい。
だが、書店で本を探すことに慣れている人にとってはそうではない。
書店には大々的に展開されている本もあれば、棚に1冊だけひっそりと置かれている本もある。「だから探しにくい」と思っている人も多いだろう。だが、反面、これはリアル書店の優れた点でもある。たくさんの知らない本に出会えるのだ。
あらかじめ目的の本があるとき、電子書籍やAmazonは便利だ。検索すればすぐに見つかるし、そのまま購入できる。
だが、「何か面白い本はないか?」と思っている人にとって、オンライン書店は不便だ。購入履歴などからオススメを割り出したりはしてくれるが、傾向分析からはなかなか「自分にとってまったく新しいジャンル」の作品などは提示してもらえない。売れ行きが加味されていることもあってか、すでに知っている作品ばかり薦められるということも多い。
書店は本を買うところであると同時に、書籍の見本市でもある。書店員が選んだオススメ作品や、普段自分が読まないジャンルの作品などがずらりと並べられ、目に入ってくることもある。書店は「知らない本を探す場所」であり、この点ではオンライン書店を圧倒しているといっていいだろう。
僕を含む、知らない本を探すことに慣れ親しんだ人からすれば、書店で電子書籍が買えるのは面白い試みだ。今までどおり、書店で知らない本を探し、知らない本を買える。しかも、大量に買っても重くない。ちゃんとメリットがあるのだ。
リアル書店は書籍やマンガの見本市と述べたが、その存在は、利用するユーザーにとってだけでなく、書籍やマンガ文化全体にとっても潜在的な価値を持っている。「町の書店は“身近な知の宝庫”だから大事にしましょう」という話ではない。重要なのは、書店員という本の職業的キュレーターが大量にいることなのだ。
書店の調査を行うアルメディアのデータによれば、12年5月時点で国内の書店の数は1万4000店弱。2万店近くあった10年前から25%以上減っているが、それでもまだかなりの数がある。
つまり、日本には少なくとも数万人の書店員がいることになる。温度差はさまざまだろうが、数万人のなかには、相当数の本好き、目利きがいる。そうした目利きがあまり知られていない名作を見つけ出し、POPを書き、店頭に並べることで、新たな読者に作品が届き、口コミが広がっていく。すべてではないにせよ、書店は「口コミ」のもっとも源泉に近い存在のひとつといっていいだろう。
「口コミ」は、電子書籍でどうやって知らない作品に出会えばいいか、という問題に対するひとつの回答だ。もちろん本やマンガの場合、書店に限らず、雑誌などの特集や各種SNS、Twitter、書評ブログなど、さまざまな口コミツールがある。いくつかを定期的に巡回していけば、かなりの「知らない作品」に出会えるだろうし、実際そうやって作品を買っている人も多いだろう。
だが、その口コミの源泉となる人々は、どこでその本に出会ったのか? たまたま検索で新作に出会ったということもあるだろうが、現時点での市場規模からすれば、少なくとも現時点では書店で知る人も多いはずだ。
わかりやすい例では秋葉原の書店事情がある。たとえば「アキバBlog」などは、秋葉原の書店のPOPや店頭展開の写真とともに新刊を紹介しているが、ここに掲載された作品はアキバでは相当売れるという。こうしたメディアが作品を取り上げる基準はわからないが、このとき記事(=口コミ)の入り口となっているのは書店だ。
特にマンガの場合は、雑誌での特集やランキングでも書店員へのアンケートがベースになっているものがかなりある。電子に対して「時代遅れ」といわれることもあるリアル書店は、人海戦術的に作品を発掘するための装置ともなっているのだ。
電子書籍は浸透すれば、間違いなく多くの福音をユーザーにもたらしてくれるだろう。そして、おそらく電子書籍市場が成長するとともに、新たな口コミネットワークも必要に迫られ、拡大していくはずだ。
だが、現時点で「リアル書店はもういらない」とまで断じる声には疑問が残る。書店の消滅は、国内からかなりの数の職業的キュレーターが消えることと同義だ。その母数が減れば減るほど、大量の作品のなかから、優れた作品を見つけ出す力は下がっていくことになる。電子書籍にとっても、キュレーション装置としてのリアル書店は必要な存在なのだ。
電子書籍の店頭販売がビジネス的に成功するかはわからないが、その試み自体にはやはり一定の意義があるのではないだろうか。
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。この時期になると毎年スピッツの「夏が終わる」を聞きます。仕事のご相談とか承っていますので、お問い合わせかTwitterでお気軽にどうぞ。Twitterアカウントは@frog88。
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