「医療崩壊」と「学校崩壊」に共通点は見つかるか――「放課後カルテ」(日生マユ)


医療の世界に「ジェネラル・メディスン」というものがある。

まず内科と外科があり、続いて眼科とか耳鼻咽喉科とか皮膚科とかに分かれているのが一般的な総合病院の診療科だが、そういう垣根を全部ガラガラポンして取っ払った診療スタイルのことを指す。日本語に訳すと、まんま「総合医療」といい、それをする医師を「総合医」と呼ぶ。

その世界、あるいは近似的世界を扱ったコミック作品に、「Dr.コトー診療所」(山田貴敏)がある。あれは離島の診療所が舞台で、島民が少ないとはいえ医師も一人きりだから、当然ながら総合医療をするしかない。内科も外科も診なければならないし、高齢の患者もいれば子どもの患者もいる。妊婦がいれば、分娩も扱う。

高度な医療機器などないから、問診と身体所見だけを頼りに症状を見抜き、治療へと結びつけていく。「何を食べたか」「自宅の環境はどうか」にまで目配りしなければならないので、患者の生活そのものを診療するようなものなのだ。

こうした総合医療の世界(に近いもの)を、小学校の保健室を舞台に描いたのが「放課後カルテ」(日生マユ)。ひたすら無愛想で、人間嫌いと思われる医師の牧野がある日、産休を取った養護教諭の代理として着任するシーンが物語のスタートだ。

児童(あるいは保護者)のふとした様子から、次々と体の異変を見抜く牧野。単なるサボリに見えるが実は××病、風邪のように見えるが実は○○病……という仕立ては、アメリカで大人気だったドラマ「ドクター・ハウス」と同じ構造だ。しかも、主人公の医師が無愛想で社会になじみにくいという人物設定である点も、まったく同じ。もしかすると、作者のアイデアの根底には同ドラマがあるのだろうか(ただし、本作が扱う症例は「ドクター・ハウス」ほどレアケースばかりではない)。

牧野はどう見ても20代か、せいぜい30代前半ぐらいに見える。そんな若い医師が小学校の養護教諭になることなど現実にはありえないが、彼がその仕事を選んだ理由は2巻までには明かされない(一部をサラっと匂わせただけ)。

基本的には一話完結であり、一人の患者の治療までを追う構成であるため、通奏低音として流される情報量やエピソードは少ない。しかし当然ながら、今後は牧野の“ナゾ”も解かれるだろうから、ストーリーにも今以上の深みが加わるはずだ。もしくは、身をもって「医療崩壊」の現状を知る牧野が、「学校崩壊」の現実を見て何らかのメスを入れる、といった展開もあるのだろうか。モンスターペイシェントとモンスターペアレントは、どう考えても同じ人種だからだ。

カルテ#1のテーマはナルコレプシー。この珍しい病気を患っていた著名人に、作家の阿佐田哲也(色川武大)がいる。彼の作品を、ふと読み返したくなった。

(このレビューは第2巻までのものです)

記事:浮田キメラ
幼少時よりのマンガ狂で、少年ジャンプ創刊号をリアルタイムで買った経験もある。
「上手にホラを吹いてくれる作品」が好み。

関連リンク
BE・LOVE|放課後カルテ|作品紹介|講談社コミックプラス

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