「男は(あるいは女は)顔じゃない」というのは恋愛物語における錦の御旗のひとつです。物語としての恋愛は、当事者間の絆の唯一性をいかに説得できるかというミッションを背負っていますので、「美形である」という代替可能性の高いファクターが敬遠されるのは自然の摂理といってもいいでしょう。
とはいえ、現実問題として顔というのはひと目でわかる強烈な才能。性格や価値観のように把握するのが難しい要素に比べて、容姿は基本的に好みのタイプを見誤りにくいですしね。
恋愛物語が表現として具現化される場合も、軸となるのは関係性の部分ですが、なんだかんだで主要人物は容姿が恵まれているキャラクターがほとんど。たとえ設定上「平凡で取り柄のない彼女」だろうが、「クラスでも存在感が薄い地味な彼」だろうが、まずまず美男美女といえるビジュアルで描かれるのが普通です。恋物語ですから、せっかくならある程度容姿が整っていた方が、多くの人が感情移入しやすいというところでしょうか。
実際、少女マンガなんかの表紙を並べてみれば、美女、美女、イケメン、美女、イケメン、イケメン、イケ……ご、ゴリラ!?
という感じで、現在書店の少女マンガコーナーで異彩を放っているのが「俺物語!!」(作画:アルコ/原作:河原和音)です。別冊マーガレットの増刊・別冊マーガレットsisterに掲載され、その後別冊マーガレット本誌での連載が決定したというバリバリの少女マンガなのですが、主人公・剛田猛男は角刈り、もみあげバッチリの柔道着が似合いそうな男。
しかも、作画のアルコは当代随一のギャグ系の崩し顔の名手ですから、整ったゴツイ系とかではありません。惜しみなく変顔を披露し、読者を笑わせてくれる完璧なコメディゴリラです。少なくとも現在の日本で女性にモテそうな顔では絶対にない。そんな男の恋物語というのは、別マの長い歴史のなかでも極めて異色だといえるでしょう。
こういう紹介をすると「出オチのイロモノ作品か」と思われてしまうのですが、これが笑えて泣けて、キュンとくる正統派の作品なんです。読み終わる頃にはすっかり猛男に惚れ込んでしまう。ウソだと思うでしょう? 本当ですから。
少女マンガでゴツいブ男を主人公にしたという時点でかなりすごいのですが、この作品がとりわけ素晴らしいのは、純情で愛すべきブ男の恋物語を描きながら、訓話的になっていない点です。
冒頭でも書いたように「男は(あるいは女は)顔じゃない」というのは恋愛物語のひとつの王道テーマで、男性誌ラブコメなどでもしばしば啓蒙されます。「たとえモテなくても正しくあれ」「誠実たれ」、「さすれば報われる」という物語です。
しかし、ネット上で「※ただしイケメンに限る」というフレーズが流行したように、そういう美しい訓話にはやっぱりどこかで嘘くささがあります。「ブサイクは何をやってもダメ」というわけではないにせよ、同時に「性格さえよければすべてうまくいく」とはいかないのが人の世の常。少なくとも僕のようにすでに中年にさしかかっている擦れたオッサンには、輝かしすぎる“ファンタジー”です。
ですが、「俺物語!!」は基本的に「善良で誠実な猛男が報われるカタルシス」を味わう作品ではありません。これは「どこまでも美しくある猛男という男に、読者が惚れていく」物語なのです。主人公に感情移入するのでなく、女性的な視点で猛男を愛すべき他人として描いているからこそ、僕のような男性読者も訓話臭さを感じずに、素直にハマれる作品になっているのだと思います。
切れ味のいいギャグであり、恋物語であり、男の友情譚でもある本作は、訓話でも自虐でもなく、非モテブサイクという問題を少女マンガはこういうふうに救い上げられるというのを見せてくれた作品でもあると思います。「少女マンガだから」という理由で読まないのは惜しいですよ。
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。Twitterアカウントは@frog88。
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別冊マーガレット 公式サイト
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