恋愛市場の勝者と結婚市場の勝者、四者四様の思惑と執念が渦巻く冷徹なW不倫劇——「あなたのことはそれほど」(いくえみ綾)



「あなたのことはそれほど」(いくえみ綾)
恋愛度:★★★★½
家庭度:★★½☆☆
無慈悲さ:★★★★☆

不倫ものは、「誰を悪役にするか」で決まる。不倫している側に立てば、妻や夫は「家庭という形にとらわれた愛なき亡者」になるし、逆に妻や夫を主人公にすれば不倫相手は「一時の気持ちで幸福を踏みにじる不埒なよそ者」になる。ダブル不倫をテーマにした「あなたのことはそれほど」が怖ろしいのは、そのどちら側にも立たないところから始まっているからだ。

本作は既婚者の美都(みつ)が、元同級生で初恋の相手であった有島に再会し、男女の仲になるが、実は有島も既婚者であることがわかるというエピソードから始まる。そして、次は美都の夫、その次は有島の妻と、エピソードごとに視点を変えながら、物語は進んでいく。視点が変わるというのはつまり、言い分が変わるということだ。だから、普通この形を取ると、どのキャラクターも正当性があるように見えてくる。だが、「あなたのことは〜」は無慈悲だ。そうして描くことで、納得させつつ、全員の悪役の部分を少しずつ描き込んでいる。登場人物の心情に寄り添うことで、読み手を許してくれるような物語ではなく、キャラクターの心に寄り添ってしまうからこそ、よりいっそう怖ろしく、後ろめたさを感じさせる物語になっているのだ。人がなぜ出口がないとわかりながら泥沼の恋に飛び込むのか、ドキュメンタリーのような淡々とした筆致で描き出す本作は、怖ろしいけれど目が離せない作品だ。

【ここにも注目!】
恋と結婚・家庭が別物というのはよくいわれることで、本作ではそれがさらに「恋愛ゲーム」の勝者と敗者の対立構造を取っていることにも注目。不倫関係に飛び込む美都・有島は恋愛市場でも勝ち組に属していた2人で、その夫・妻は結婚相手として優秀で勝ち組に入っている一方で恋愛市場ではパッとしなかった人たちだ。ベクトルが異なるのに、戦場が同じという4人の思惑が入り乱れるのが迫力。

(このレビューは第1巻時点のものです)

記事:ネルヤ編集部

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