高齢童貞・処女はどのように生まれるのか? その痛みとリアリティ――「Hatch」(村上かつら)


その昔、2ちゃんねるには独身男性板という板があった。正確には今もあるのだけれど、現在は独身男性板から分割される形で、モテない男性板などの諸掲示板ができており、過去の独身男性板とは別のものになっている。

分割前の独身男性板にはある種の不文律があった。「25歳以下は黙ってろ」だ。当時20歳そこそこだった僕は、なんでそんな言説がまかり通るのかと不条理に思いながら見ていたけれど、実際自分が30歳を過ぎる頃になると、なんとなく25歳ルールの意味がわかるようになってきた。

20歳くらいまでは、単に「異性に人気がない」とか「異性慣れしていない」という理由でモテない人も多い。VIP板なんかで見かけるいわゆるネット非モテのイメージそのままの人たちだ。

だが、経験的にいえば、非モテを自称するそういうタイプの人たちは、たいがい25歳を超えることなく彼女ができていく。彼らはなんだかんだいって「モテたい」というモチベーションがある。自嘲気味に笑いながら、「どうにかせねば」という焦りを持っている。そういう人たちは(多少の運に左右されつつも)たいていどこかで恋人を見つける。

僕を含め、25歳を過ぎて本格的に「彼女いない歴=年齢」に拍車がかかっていく人たちは、単に「モテない」というくくりでは語れないものを持っていることが多い。

28歳処女を主人公にすえた「Hatch」(村上かつら)は、そういう部分を飛び抜けてうまく描き出している。

「Hatch」の主人公、宮下のえみは決して不美人ではない。飛び抜けて「かわいい」とも描写されてはいないが、少なくとも恋愛において容姿が重要な問題になるタイプではないだろう。

彼女の“理由”は、呪縛にも似た母親との関係に求められている。異性関係を毛嫌いする厳しい母の影響で、なんとなく恋愛から遠ざかっていたという、一見すごく特殊な理由で、まったく同じという人は少ないだろう。だけど、のえみの感性はリアルだ。

たとえば、親戚に「いい人はいないのか」と聞かれるシーン。「いない」と答える彼女に、まわりの大人たちは「かわいいのに」と口々にいう。それに対してのえみはモノローグで語る。

「――ごめんなさい 年上の 心やさしい女性からの 『かわいい』は」
「受け取るたび 老ける気がして」。

このモノローグは、心の機微として鋭いとともに、のえみというキャラクターをよく表している。

いつの時代も大人たちは、派手すぎる子どもに眉をしかめ、清く正しい子どもを褒める。それはそれでどうしようもないし、社会システムとして正しい。だけど、大人たちのいう「かわいい」は時代遅れだったり、同世代の特に恋愛分野では「つまらない」にも近い。だから、子どもたちが大人になるには、どこかで“大人”が眉をしかめる振る舞いを身につけなくてはならないのだ。

のえみは、大人になり損ねた人なのだと思う。

誰かの子どもであるという自己認識には、明確な出口がない。働き始めることで社会人としての自分は手に入る。だけど、それだけで大人にはなれない。なんとなく大人らしくはしてくれるけど、誰かの子どもであるという時代を終わらせてくれるわけではない。そして、そうこうしているうちに、周囲は着々と結婚し、“子ども時代”を終わらせて、親になっていく……。

お見合いや親の決定など、かつて人を強制的に子どもから親へシフトさせていく機構は、自由主義化した恋愛市場では存在しない。「性の乱れ」という言葉で、異性関係を封じ込めようとする大人たちの建前に、上手に逆らえなかった、清く正しくのんきな子どもたちは、ある日突然、経験豊富な同世代の市場に放り出されてようやく気付くのだ。自分はもう十分に大人であり、残された時間は少ないのだ、と。

結婚は現代では決してマストではない。そうでない生き方を、僕らは選択することもできる。だけど、自分の意志で選択できず、結果的に選ばされることは不幸だ。大人になるというのは、自らの意志でその選択を行うことでもある。

「孵化」を意味する「Hatch」というタイトルは、そういう子ども時代の終わりを予感させている。

(このレビューは第1巻時点のものです)

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。この時期になると毎年スピッツの「夏が終わる」を聞きます。仕事のご相談とか承っていますので、お問い合わせかTwitterでお気軽にどうぞ。Twitterアカウントは@frog88

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