食マンガの快進撃は、まぁ本当に止まらない。僕は外出時にだいたい常時3〜4冊の新刊をカバンに入れているのだけど、この前なんか、アトランダムに選んだはずなのに、入っているマンガが全部食べ物系だったことがある。もちろん昔から定番ジャンルではあったのだけど、2年ほど前のブームから注目作の勃興状態が続いている。
実際に読者に食べさせることができないのはもちろん、原則としてモノクロの上で料理を表現する必要がある食マンガは、宿命的においしさの表現をどう進化させるかという課題を持っている。
たとえば、「ミスター味っ子」(寺沢大介)(特にアニメ版)は、味皇の巨大化と絶叫という誇張によっておいしさを表現した。現在だと「食戟のソーマ」(原作:附田祐斗/作画:佐伯俊/協力:森崎友紀)がこの路線を踏襲している。
ウンチクとフレーズ選びで表現する代表格は「美味しんぼ」(原作:雁屋哲/作画:花咲アキラ)で、「シャッキリポンと舌の上で踊る」など伝説的なフレーズも残している。「孤独のグルメ」(原作:久住昌之/作画:谷口ジロー)の「うおォン 俺はまるで人間火力発電所だ」なんかもこのタイプだろう。
ウンチク語り側の極北は「めしばな刑事 タチバナ」(原作:坂戸佐兵衛/作画:旅井とり)で、驚くべきことにキャラクターたちは味について語りまくるが、実は実際に食べるシーンはほとんどない。食マンガにおいて食べるシーンを最小化するという異様な境地に辿り着いた作品だ。
そんななか、ここ数年のヒット作で目立っているのがトリップ系だ。「花のズボラ飯」(原作:久住昌之/作画:水沢悦子)が最たるところ。おいしさの表現を食べたときの表情に委ねており、「ズボラ飯」の場合は主人公・花が料理を食べた瞬間、エクスタシーと区別のつかない顔になる。快楽感を過剰にするのがこのタイプだ。
26歳のOL・ワカコの一人呑みマンガ「ワカコ酒」(新久千映)は、この快楽系の亜種だ。焼き鮭で冷酒を一杯、から始まり、ハムカツとハイボール、丸ごとニンニクにレモンハイなど、料理一品と一杯の酒というゆったりとした時間を描いており、思わず呑みに行きたくなる。
そして、食べた瞬間、ワカコが漏らす「ぷしゅーー」という声とも音ともいえないフレーズ。このフレーズと、ゆで卵の輪切り状になった黒目の大きな目が、「呑みてぇ!!」と思わせる。個人的に解脱系と呼んでいるが、「ぷしゅーー」のフレーズといっしょに肩の力が抜けていくような快楽だ。
さらに「ズボラ飯」をはじめとした快楽系の表現は、「美味しそう」と同時に「かわいい」があるのがえげつないところで、腹は減るわ、悶えてしまうわの波状攻撃でついつい虜にされてしまう。本当、快楽系表現と女性主人公は抜群に相性がいい。
「ワカコ酒」の「ぷしゅーー」は食マンガでありながら、デトックス的な心地よさを与えてくれるフレーズなのだ。
(このレビューは第1巻時点のものです)
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。2012年はだいたい1000冊ちょっとマンガを買ってました。Twitterアカウントは@frog88。
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コミックゼノン|「ワカコ酒」
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