いろいろと思うところあって1年間何もしないでいようと決めた――「34歳無職さん」(いけだたかし)という不思議な暮らし。
座談会後編では、そんな主人公“無職さん”の内面にアラサー3人が踏み込んでいきます。
(前編はこちら)
アラサー座談会メンバー
小林 この作品って、すごく特殊な状況の無職の人を描いているのは確かですけど、じゃあ徹底的にファンタジーなのかっていうと、僕はそう思っていなくて。“無職さん”の抱える不安みたいなものって、すごく生々しい。この人って、「何となく世間に申し訳なく」思うって言ってるでしょ? あと「お金稼ぐか使うかでしか社会と関われないってのも情けないけど」とか。自分で決めて無職を選んでるし、誰に迷惑かけるでもなく暮らせてるんだけど、そうすると社会にちっともコミットしなくなっちゃうんですよね。今の東京って、働いてなくて、しかも独身でってなると、何者でもなくなっちゃう。この不確かさってリアルだなと思うんです。
usako たとえ無職じゃなくても、34歳の未婚の浮いてる感はありますよね。
いとう でも、この人、子どもいるんですよね。
小林 どうも離婚してるっぽいですよね。
いとう バザーに出品するものを選ぶシーンで対のグラスが描かれてたりする(1巻P58)のも伏線なのかな? でも、女性からしてみると、離れているとはいえ、娘がいるのに話のなかでこれだけ存在感がないっていうのはちょっと想像しにくい。
usako 常に子どものこと考えちゃいますよね、たぶん。
小林 その辺は男の僕から見てもちょっと不思議なんですが、一方でこの人の場合、家族からも切り離されてしまっているといううしろめたさがあるんじゃないかって思うんですよね。どういう事情でそうなっているのか、1巻の時点ではまだ描かれてませんが。だけど、これだけきちんとした人が、仕事を辞めて独身でいるだけでこんなに寄る辺ない感じになってしまうっていうのは、特に僕みたいにフラフラとした仕事の独身には、すごく生々しい不安さです。
いとう 娘さんとコミットできないっていうのも相当なコンプレックスになり得ると思います。でも、私からすれば、“無職さん”ってすごくきちんとしていて、貯蓄もあって、離れて暮らしてるとはいえ娘もいて、超勝ち組ですよ(笑)。
小林 冷静に考えるとけっこう勝ち組ですよね。たとえば、この人、肩書きが「主婦」だったらちっともうしろめたさ感じないと思うんです。でも、無職でしょ? “無職さん”って、さっき話題に出たおでんを買うか迷った話のときも、グッとガマンして「一人前の大人の証!!」って喜ぶじゃないですか。まともな大人でありたいってすごく願ってる。僕から見たらそうとうまともなのに。東京って大人になるのがすごく難しい街だと思うんです。田舎だと仕事や家庭以外でも、「どこそこのせがれ」っていう社会認識があって、消防団とか地域の組織が自分を担保したりもしてくれる。だけど、東京って仕事か家族、もしくは恋人くらいしか自分を担保してくれるものがなくて、大人としてのマイルストーンを与えてくれるものが少ない。僕も今働いてはいるし、何とか生活できてるけど、「大人か?」って言われると実感ないですもん。
usako “無職さん”も「ちゃんとゴミ出してる! 大人!」とか「新聞読んでる! 大人!」とかになってますもんね。
いとう 確かに「大人の証」として頑張ってる部分はありますよね。ゴミ出しも新聞も、社会とコミットした大人であるための通過儀礼としてやってるような。
小林 そういう、無職に限らない30代の寄る辺なさみたいなものが、この作品のクリティカルな部分なんじゃないかって僕は思ってるんですよね。
いとう “無職さん”って名前が出てこないのもいいなと思うんです。本人の名前も、同僚の名前も出てこない。年齢と“無職さん”って肩書きのみ。
小林 この人、社会的に名前がない状況なんですよね、たぶん。社会人としての自分も、母親としての自分も失ってるわけじゃないですか。
usako 社会生活をしてないと、名前を呼ばれることってないですからね。
小林 この名前のない感じってある意味リアリティ感じます。生活のなかで自分の名前やペルソナが失われる感じ……。
いとう 生活っていえば、私、この作品って「花のズボラ飯」(作画:水沢悦子/原作:久住昌之)(※1)の対極だなって思っていて。「ズボラ飯」の主人公・花って主婦で、書店で働いてたりもするけど、すごく子どもみたいな生活をしていて、あれはあれで萌えがある。でも、“無職さん”的な生活感に対する萌えとは真逆ですよね。
usako ああ、花は結婚してるけど子どもはいないって状況とかも逆だ。
いとう 「ズボラ飯」って、私は読んでるとちょっと怖くなるところがあるんです。今東京に暮らしてると、この年齢であんなふうに自堕落にも暮らせちゃうんだよなって。
小林 でも、花は旦那って部分でも、働いているっていう部分でもすごくしっかり社会へのコミットメントがありますよね。だから、僕は“無職さん”みたいな不安さは感じないですけど……。
いとう でも、花って「結果クズ」って生活をするタイプじゃないですか?(笑) そこが魅力なんだけど、当たり前にそれができる時代って怖いって思うんです。
小林 確かに。
いとう 料理するだけで「私偉い!!」って言うでしょ、花は? “無職さん”はけっこうちゃんと作っても「手抜きですませちゃったなぁ」って思うタイプだし。すごく対極の性格ですよね。
usako “無職さん”って満足の沸点が高い人なんですよね。花は美味しいものが食べられればもうその時点で満足っていう、すごく沸点が低い人(笑)。
小林 「34歳無職さん」は今1巻しか出ていないのでまだ見えてこないものもけっこうありますよね。たとえば、僕には“無職さん”が無職で過ごそうって思ったモチベーションが見えてない。
usako 何となくは話したりしてますけどね、友達に。「あんじゃん、そういうの!」とか。
小林 だけど、旅行行ったりするわけでもないじゃないですか。すごくお金がないわけでもなさそうなのに。
いとう 確かにこの人の場合、アパートから半径何百メートルの日常の範囲で暮らすって決めてる感じですよね。
usako それまでが無我夢中だったから、そろそろ休みたいって思ったんですかね。働いてるし、子どもも産んだし、離婚もしたし……。
小林 その辺が今後さらに描かれるのが楽しみですね。
いとう 娘の話も気になりますよね。1巻では何となく「いる」って話が出てきただけで、詳しい事情はわからないですから。この人はたぶん母親って役割に違和感を感じてると思うんですね。
小林 そうですね。母親って役割を捨ててしまったのか、それともうまく持てなかったのか、そこはわからないけど、とりあえず今の彼女にはそういうペルソナはないですもんね。
いとう その事情は気になります。捨てたのか、コミットできなかったのか。
usako この人、ずっと独身だったわけでもないし、考えてみればけっこうドロッとした日常も抱えてるはずなんですよね。でも、あんまり重い話になってない。
いとう すごく特殊なお話ですよね。よくこんなバランスでこんなお話を思いついたなと思います。
小林 ある意味羨ましい贅沢な状況だけど、共感できるところもあるし、ある部分ではすごく不安感もある……。そういう“無職さん”にどう辿り着いたのか、2巻以降より見えてくると面白いですよね。
※1:「花のズボラ飯」(作画:水沢悦子/原作:久住昌之)=単身赴任中の夫を持つ30歳、駒沢花の料理と日常を描く。夫不在時は料理だけでなく、生活ぶりもかなりズボラ。「このマンガがすごい!2012」ではオンナ編第1位に選ばれている。2012年4月現在、単行本2巻まで刊行中。
記事:小林聖
ネルヤ編集長。フリーライター。Twitterアカウントは@frog88。
関連リンク
34歳無職
商品詳細|株式会社メディアファクトリー
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