“100%の人”じゃない結婚相手をどう選べばいいんだろう?――「君の天井は僕の床」アラサー座談会(後編)


アラサー、アラフォーの恋愛と生活をほのぼのに描く「君の天井は僕の床」(鴨居まさね)に共感したアラサー3人が作品についてガッツリ語る座談会企画。後編では、30代以降の恋愛観や加齢との向き合い方の話に……。

(前編はこちら

アラサー座談会メンバー

小林聖(@frog88)

小林聖(@frog88:ネルヤ編集長兼フリーライター。31歳独身。

いとうきょうこ@itohkyoko):フリーライターとして働く30代女性。独身。

下北沢三省堂 コミック担当usako@simkit_sanseido):下北沢駅北口のピーコック3階にある下北沢三省堂に勤務する30代書店員。女性、既婚。

■「誰でもいい」の難しさ

小林 前編の最後で、「君天」、アラサー以上にとって、ときめきが主食じゃないって話をしましたけど、じゃあ、この作品で恋愛ドラマを作っているのが何かっていうところから後半は始めましょうか。

いとう ハードルの超えかたみたいな部分なのかな。年齢が上がってくると、若い頃時分の支えに思えてたことが、こだわりになってきて、誰かと暮らすハードルになることがあると思うんですね。「君天」で、トリさんが「猫といっしょにお墓に入りたい」っていうでしょ? それって人にいったら笑われるようなことだってわかってるんだけど、結婚とか真剣なお付き合いを考えるなら、トリさんにとっては譲れないこと。そういうのってあると思うんです。

小林 100%探しじゃないんですよね。恋愛ドラマのひとつの理念として、人には唯一無二の運命の人がいて、それを探し出すのが恋愛だっていうのがある。だけど、年齢を重ねると「誰を選んでも70%くらいなんだよな」って考え方になってくる。要するに、他人と暮らすっていうのは、どこかで不自由がつきまとうし、衝突も生まれる。問題は、噛み合わない30%が致命的なことか、許せる範囲かということじゃないですか。

usako 今日、テレビで30代後半のある男性タレントさんが「結婚はちゃんとしたい」って話をしていて。で、「女性なら(相手は)誰でもいいんです」っていってたんですね。それってたぶん多くの人にとっての実感で、ある程度ならけっこう誰でもいいと思うんですよ、恋愛の相手って。だけど、その「ある程度」が難しい。

小林 無理をしないですむ相手かどうかですよね、そこって。

usako そう、自分の大切なものを相手が好きでなくてもいいけど、ちゃんと認めてくれるかどうかが大事なんですよね。大人になると、嫌いな人間って意外とほんのわずかで、大半はけっこう大丈夫だったりしません? そのなかで誰が合うかという問題で、好きか嫌いかみたいな部分って、実はそんなに重要じゃなかったり。

いとう ドキドキしても、猫といっしょにお墓に入りたいって話を鼻で笑われたら、もうダメですよね。

小林 そうなってくると、本当に相手を選べない。相手の性格の細かい部分なんて2時間や3時間しゃべっただけじゃわからないし、かといって、ほかの強い基準があるわけでもないから、好きになるきっかけがつかめない。よくアラサーの話で「恋に臆病になってる」みたいな描写があるじゃないですか。でも、臆病になってるんじゃなくて、誰でもよくなっちゃって、選べないんですよ。

usako あと、トリさんの結婚の相手の条件、「つき合いやすい親族」っていうの! そういうのってありますよね。

小林 結婚のややっこしい部分にさらっと触れてて面白いですよね、あれ。「君天」って、派手な感情の振れ幅じゃなくて、相手とのマッチングや性格のディテールで物語を作ってる。それがどれも気持ちをくすぐるんだよなぁ。

■ファンタジー、だけど意味のあるモデル

単行本片手に語るメンバー

いとう 不思議なのは、これ、女性にとってはけっこう「あるある」的な話だと思うんですけど、小林さんって何に惹かれて読んでるんですか? 男性が食いつく作品と思わなかったんですけど。

小林 そうですか? 鴨居まさね作品は、少女マンガとしてはかなり男も入り込みやすいと思ってるんだけど。

usako そうですね。男性でも読みやすいと思います。

いとう そういうもんですか? 女性同士の雑談みたいな部分が強いから、どうなんだろうって思ったんですが。

小林 「あるある」として読んでいるわけじゃないとは思いますね。単純にキャラクターが好きだっていうのも大きいんじゃないかな。

いとう トリさんに共感してる?

小林 いや、共感とはちょっと違うかな。一種の理想というか、こういう人と暮らしたいと思って読んでる。たとえば、前編で出た老眼鏡の話なんか、いいですよね。老眼、つまり老いのひとつですけど、トリさんは楽しそうにそれと向き合うでしょ? 便利な老眼鏡買って喜んでみたり。逆に、老眼鏡を買っても、そのことに触れられない相手って、いっしょに暮らしにくいと思うんです。「じゃあ、俺、この先ずっと老いの話に気を使い続けなきゃいけないの?」って。

usako どうやっても、老いはいずれやってくるものですもんね。

小林 だから、それをきちんと受け入れられる人のほうが素敵だし、ラクだと思うんですよね。

usako でも、トリさん、「老眼鏡買ったんだ」っていうのは普通にいうけど、花粉症は認めたがらないんですよね(笑)。

小林 あ、それはわかるかも(笑)。だって、花粉症はマストじゃないもん。できればつき合いたくない。

usako 美容より健康みたいなところですよね。

小林 もちろん、ファンタジーではあるんですよね、この作品。トリさんと本間さんの関係にしろ、彼女たちの生活にしろ、一種のユートピア的理想像ではあると思うんです。特に、トリさんのビジュアル。若く見えるというお話であるにせよ、絵だけ見れば20代でも通用する描かれかたですから。トリさんの見た目は、加齢を忘れさせる一種の物語的なトリックになっているのは間違いないです。ビジュアル的加齢をいったん棚上げしたとき、何が大事になるのかという問題を前面に出す構造になってる。

いとう トリさんのパートナーである本間さんもやっぱりどこかファンタジーを含んでると思うんですよね。あの2人は私にとっては「君天」の2大ファンタジー。

小林 ただ、その上で説得力があるのは、彼らがみんな地に足ついた生活感があるから。何を食べてるか何となく想像がつくし、どこに買い物に行ってるかとかイメージできる。いなげやとかオリンピックとかにいそうなんですよね。

usako 卵ひとつ落としたときの描写でも、生活感が見えますよね。「卵白は冷凍できる」とか、ちゃんと暮らしてるからこそ出てくる話。

小林 それと、ファンタジーがあるにせよ、物語の世界で欠落していた、独身女性の加齢モデルを提示した点はやっぱり大きいと思うんですね。

いとう 最初にもいいましたが、さらっと加齢を描いているんですよね。昔は30代、40代なんてどうなってるんだろうって思ってたけど、意外と普通に年を取っていけるし、楽しく生きてもいけるんじゃないかって思わせてくれる。

小林 鴨居作品って、うまく年を取ってると思うんですよね。「雲の上のキスケさん」の頃なんかは、やっぱり20代らしいみずみずしさがあった。それが今30代、40代のよさ、楽しさを描くようになってる。だから、10年後、20年後には、きっとまた別の、老年期に入った人たちの幸せを、見せてもらえるんじゃないかっていう楽しみがありますね。「君天」はもちろん、そういうのも楽しみです。


記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。今年は取材でたくさんクリスマスイルミネーションを見ました。男2人で。Twitterアカウントは@frog88

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鴨居まさねの具
君の天井は僕の床 (kimi_ten)(Twitter)

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