かわいい男が見たいなら、今年はシベリアンハスキー男子で決まりだ!——『からっぽダンス』(阿弥陀しずく)


同時発売のBL作品『こんなはずでは』を読んでも感じるところだが、阿弥陀しずくという作家は「犬を描ける人」だと思う。

もちろん動物の犬の話ではない。犬系の男キャラクターを描けるという話だ。

『からっぽダンス』は美人だけど恋愛に疎く、アイドルオタクというOL・月島翠と、彼女に一目惚れした(ちょっと)ストーカー気質のある警察官・久我慎一郎の物語だ。で、この久我が目つきも悪ければ振る舞いも荒い。OL・月島翠を初めて見たときだって、まったく面識のない彼女に対して最初にかけた言葉が「あんた 名前は?」だ。どちらかといえば粗野、粗雑、控えめにいってもデリカシーには欠けるタイプといえる。

ところが、この久我が実はめっぽうかわいいのだ。

初めて会った次の朝には、ろくに話したこともないのに翠を会社の前で待ち伏せ(しかも警官の姿で)。知り合ってからも、彼女に会うために会社の近くをうろついて聞き込み(やっぱり制服で)。はた迷惑な限りだが、怒られれば反省して、二度としないように気をつける。

翠に付き合う形で初めてアイドルのコンサートに行けば、ハマるわけではないけれど、好きな人の好きなものということで興味津々で監察。文句をいうでも引くでもなく、調べて理解しようとする。

久我の性格は、まさに犬だ。少々バカっぽくて相手の繊細な気持ちを察することはできないが、一度惚れた相手に対する気持ちはすこしの偽りもなく、一直線に向かっていく。顔は怖いが実は無邪気で人なつっこい久我は、さしずめ『動物のお医者さん』(佐々木倫子)で描かれたシベリアンハスキーみたいなキャラクターだ。

この久我の粗雑な無邪気さは、作品全体の空気にも通じる部分がある。空回りしてきた翠の繊細な気持ちを描きつつ、テンポのいい会話と相まって、読み味はどこか平和でほのぼのとしている。犬と暮らす生活のような、のほほんとした幸福感が『からっぽダンス』にはある。いつまでも読んでいたいという気持ちになるその作風は、間違いなく今年の注目作品、注目作家だ。

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。年間のマンガ購入量はだいたい1000冊ほど。特に好きなのはラブコメです。Twitterアカウントは@frog88

関連リンク
阿弥陀しずく。男女恋愛「からっぽダンス」(1)&ボーイスラブ「こんなはずでは」。特設サイト

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