JコミFANディングが踏み込んだマンガという産業の未来像


新刊の話からニューストピックスまで、編集長・小林が何となく今週考えたことを書き連ねるゆるゆるコラム。今週はJコミの新しいビジネスモデルと作家の未来像をぼんやりと。

■JコミFANディング正式リリースに感じた小さな違和感

年末である。年末っていうやつは僕みたいな売れないライターも売れてないなりに忙しくなるというか、周囲の本当にちゃんとした人たちがまっとうに忙しい中で仕事を納めていくなか、いっこうに納まらないどころか、出口すら見えない案件が流れ流れて僕のところへやってきて、「31日でいいから取材入れられないですかね」みたいな提案をして担当編集者を絶句させるハメになるわけで、結果的に「日曜あたりにゆるゆると1週間を振り返るコラムでも入れるか」と思っていたこのコラムを、むしろ1年を振り返っておかなければならないようなタイミングでアップすることになったりする。今年が残り100時間を切ってるとか悪い冗談としか思えない。

そんなわけで、本来なら1週間を振り返るより、「ぜひとも1月7日のネルヤナイトに皆さんいらしてください」と宣伝して回らなければならないのだけれど、心優しいうちの読者の皆さんのことだから、きっと「ああ、小林はもともと愚図だけど、本当に宣伝とかやらせると世界ランカー狙えるレベルで愚図なんだな」と察して、こぞって予約をしてくれるはずだと信じて今、この原稿を書いてる次第だ。夢見がちな31歳、それが僕。

そんなバタバタとした年末でも、マンガがらみの面白い話はいろいろ出てくる。特にこの年末興味深かったのがJコミの動きだ。

ご存知のとおり、Jコミは「ラブひな」などで知られるマンガ家の赤松健先生が立ち上げた、基本無料のマンガ配信サイトだ。絶版(品切れ重版未定)になって、事実上“死にコンテンツ”になってしまっている作品を集めて無料公開し、広告収益につなげるモデルを構築している。

そのJコミが新たに立ち上げたビジネスモデルが「JコミFANディング」だ。その仕組みに関しては過去の記事で取り上げているので、詳細はそちらを見てもらいたいが、ざっくりいえば、直筆サイン入りハガキなどの特典をセットにして数量限定で電子書籍データを有料販売するモデルだ。9月にβテストを実施し、12月22日より正式にリリースされた

βテストの段階でも大きな話題になったモデルだが、正式版のリリースを見て、わずかな違和感を感じた。Jコミにしてはちょっと脇が甘いサービスに仕上がってるんじゃないかという印象だったのだ。

「脇が甘い」というのはビジネスモデル自体に穴があるという意味ではない。ともすればユーザー感情的に反発のありそうなオプションがついたな、ということだ。

■マンガ家が“マンガ”以外を扱った瞬間

Jコミはユーザー感情に寄り添うのがすごく上手な企業だというのが僕のイメージだ。お金の話が嫌われる傾向にあるネットで、「作家に利益をもたらすことがマンガという産業にとって重要であり、ひいては読者のためである」ということをすごく丁寧に説明し、収益構造を含めてユーザーに歓迎されながら進んできたサイトだと思っている。ハッキリ書いちゃえば「素敵なサービスじゃん」と感じている。

そういうJコミで、初めて感じた小さな違和感が「JコミFANディング」の「作家との飲み会参加権」というオプションだ。全てのセットに用意されているわけではないが、正式版第1弾ラインナップのいくつかに用意されており、2万円の出資で作品のPDFデータやサインハガキに加えて、作者本人+赤松先生といっしょに飲み会ができるというものだ。

サービスとして破格であり、ファンとしてこんなに嬉しい特典はなかなかない。その意味で素直に嬉しい反面、ひとつのラインを踏み越えたオプションなのも事実だ。

つまり、作品それ自体はもちろん、これまで特典となっていたサインハガキなどは、マンガに付随するオプションだった。あくまで売り物はマンガ、もしくはそれに準じたコンテンツだったわけだ。だが、飲み会はコンテンツではない。いわば、マンガ家稼業そのものではなく、タレント的なサービスを売るオプションといえる。

それがいいとか悪いとかいう話は、とりあえず僕にとってはあんまり興味のある話ではない。というより、それがユーザーにも歓迎されて、結果的に作家が作家活動を続ける助けになれば、読者にとって喜ばしいことだと思う。実際、マンガ家の場合はこれまであまりなかったケースだが、ライター稼業なんかだと、ヒットを飛ばした著者が講演やテレビなどにも進出し、一種のタレントに近づくというのはひとつの成功モデルになっている。

まぁ、ぶっちゃけると、ライターの場合、著書がヒットしたとしても、マンガのように一度ヒットしたら巻数がどんどん積み上がるということもないし、そもそもどんなに売れても10万から100万部というところなので、マンガとは“天井”が違う。メディアミックスもキャラクター印税も考えられないので、ざっくりいってビジネスモデルに夢がないというか、年の瀬にこんな景気の悪い話をすると何もかも投げ出したくなってしまうのでこれ以上は掘り下げたくない。年明けを待たず僕が失踪したらいろいろ察して探さないでいただきたい。

ともあれ、マンガは優れた作家やそれを支える出版社、流通など先人たちが大事に育て上げた結果、作家が生涯マンガだけで食べていける可能性も十分にある産業に成長した。だから、タレント的に伸びていくというモデルについては、これまであんまり真剣にビジネス展開が練り込まれていなかったのだと思う。別にマンガ家がみんな儲かってるとは思ってないし、むしろ大変だなと敬意を抱くことのほうが多いけれど、それでもマンガという産業は、とにかくマンガというコンテンツのことだけを考えていても回っていけるだけの地力、あるいはポテンシャルがあったわけだ。

そういうなかで、「JコミFANディング」は、マンガ家の「単純にマンガを描くだけでない」ビジネス部分に明確に一歩踏み込んだ。その辺が「おっ」と思わせたのだ。

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