2人のソルシエ、2つの予感……今この瞬間だけの特別な光——「さよならソルシエ」(穂積)


若手と呼ばれる人間の最大の魅力は「予感」だ。何かすごいことが始まりそう、見たことのないものが出てきそう……そういうまだ形になっていない予感そのものが、人を強烈に惹きつける。それはときとして完成されたもの以上に強烈な引力を持つ場合すらある。

昨年秋、短編集「式の前日」で単行本デビューした穂積は、まさにその予感の渦中にあったと思う。デビュー短編集にして新人離れした完成度は、予感と呼ぶにはできすぎだった。しかし、同時にたった1冊の単行本では見極められない、底知れなさを多くの読者に感じさせた。「穂積はすごい」とともに、「次は一体何を描くのか?」と思わせたのだ。

そんななか待望の穂積初長編がリリースされた。タイトルは「さよならソルシエ」。若き画商、テオドルス・ファン・ゴッホと、その兄でのちの天才画家、フィンセント・ファン・ゴッホの兄弟を中心に、19世紀末のパリを描く伝記ロマンだ。

「さよならソルシエ」は、意図せず、2つの予感を孕んだ物語になっている。

ひとつはもちろん、ゴッホ兄弟の予感。のちに天才と呼ばれる兄と、画商であるその弟が、パリの芸術界を変えていく……1巻はその夜明け前、2人の天才の予感に満ちあふれている。物語はこの先、歴史をなぞりながら、その予感が確信、事実に変わっていく様子を描いていくだろう。

そして、もうひとつは、穂積の予感だ。「式の前日」でもたらされた予感、「すごい新人の登場」という予感は、「さよならソルシエ」で確信に近づいていく。少年マンガのヒーローもののような爽快感と、少女マンガ的な繊細な心理描写が融合しながら進んでいく物語は、とても新人とは思えない老練さだ。しかも、本作は短編とはまた違う、ゆっくりと劇場の緞帳が上がっていくようなワクワク感に満ちている。結果的に、「すごいんじゃないか」という疑念混じりの気持ちは、ページをめくるたびにドキドキとした感情とともに、「間違いなく、すごい」という確信になっていく。

今このとき、「さよならソルシエ」は、特別な作品なのだ。ゴッホ兄弟の予感と穂積の予感、二つの予感が物語を通じて開花していく。その瞬間に立ち会える喜びと快感を、今の「さよならソルシエ」は持っている。

(このレビューは第1巻時点のものです)

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。2012年はだいたい1000冊ちょっとマンガを買ってました。Twitterアカウントは@frog88

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