「初恋」と「最後の恋」が交差するとき――「たまりば」(しおやてるこ)


「16歳の女子高生が、28歳のサラリーマンを好きになったらだめですか?」。

完結巻である「たまりば」(しおやてるこ)2巻の帯にはそんな問いかけが入っています。それで僕は思わず、うーん、と唸るわけです。15年、いや、せめて10年前、21歳の僕なら「いいだろ」って即答していたんじゃないかなぁ。もしかしたら、そんなことを問いかけること自体バカバカしいと切り捨てたかもしれない。「年齢で好きになるわけじゃないだろ」って。

僕は多少悩むことはあっても、基本的には今でも「16歳の女子高生が28歳の男を好きになること」については「ダメじゃない」と答えます。だけど同時に、31歳の僕は「じゃあ、16歳の女子高生に好かれたら、俺はどうするだろう」と思ったとき、うーん、と唸ってしまうんですね。1つの恋についてでありながら、僕の答えは矛盾してしまう。この非対称性が「たまりば」という作品には描かれています。

「たまりば」は帯の文句を読めばわかるとおり、女子高生・美和と社会人・ハルオの年の差純愛物語です。美和の純情さにはキュンとさせられるし、ハルオのエロくていい加減な、ある種のオッサン臭さには笑わせられる、実に軽やかな読み味の作品です。

じゃあ、ほっこりとした作風だから2人がすぐにラブラブになって、イチャイチャニヤニヤした展開になるかというとそうではありません。ニヤニヤさせてはくれるけれど、ハルオは美和の思いに何となく気づきながら、はぐらかし続けます。

その姿は一見すると、単に煮え切らないだけです。でも、そこには不思議と一種の切なさ、センチメンタルさが漂っています。

「そもそもハルオがいい加減だから」「曲がりなりにも彼女がいるから」。もちろんそれもハルオがはぐらかす理由のひとつでしょう。だけど、それだけであれば、「たまりば」がこれほど切なさを感じさせることはありません。本質的な理由は別のところにあります。

この2人の関係には、「年の差」という一言以上の大きな断絶があります。この2人の恋は、1つの恋でありながら、同時に「初恋」と「最後の恋」というまったく別のものだからです。

もちろん「最後の恋」というのは比喩的な意味です。仮にハルオが美和の恋に応えても、それが「最後の恋」になるかはわからないわけですから。ですが、それなりに恋愛を経験してきた28歳にとっては、恋愛そのものが物珍しい時期は終わっていますし、直面する恋がいつ「最後」になってもおかしくはないわけです。それは、青春時代の終わりの季節と言い換えてもいいです。

対する美和は、これが初恋。子ども時代を終え、これから通過儀礼を経験していく、青春時代の始まりの季節にいるわけです。

初恋の美和は無邪気でいられます。相手の気持ちについてだけ悶々としていればいい。たとえば、自分の気持ちが、いともあっさりと消えてなくなってしまうかもしれないなんてことを、想像すらしていないのですから。

青春の通過儀礼は、未熟な自分を改善していく過程であると同時に、自分の不完全さを認めて共存していく過程でもあります。

その不完全さをお互いにぶつけ合える相手であれば問題はありません。あるいは、自分の不確かさにすら気付いていない子ども同士であれば、無邪気に傷つけ合いながら、一緒に大人になることもできるでしょう。

だけど、青春の終わりにいるハルオは、美和に対してそのどちらも選べません。相手どころか、自分の気持ちすらも永遠ではないことを知っているし、悪意がなくても誰かを傷つけてしまえることを知っています。「大人」として、まだ通過儀礼の入り口にいる子どもを大事に導いてあげる自信もないけれど、「子ども」のように無邪気なふりをすることもできない。「大人」と「子ども」の間にいる板挟みの自我の結果、ハルオは美和に愛おしさを感じても、その思いから逃げ回ることしかできないわけです。

河を挟んで向かい合う「初恋」と「最後の恋」、青春の「始まり」と「終わり」。この2つの季節の対比こそが、「たまりば」のセンチメンタルだと思うのです。

2つの季節がどのような結末を迎えるかは、実際に本編を読んでのお楽しみです。ただ、すでに書いたように、青春という通過儀礼の意義は、都合の悪い何かをはぐらかすことでなく、向き合い、そしてどのような結果になろうとも、その結果と和解することです。

1巻のカバーには無邪気にハルオだけを見つめている美和と、そこから視線を外してこちらを見つめるハルオ、2巻にはその逆の構図が描かれています。ハルオだけを見つめていた無邪気な美和はその周囲への視線を手に入れ、美和から目をそらしていたハルオは、美和から逃げることをやめる。そこまでの意図はなかったかもしれませんが、この2人の構図の変化は「たまりば」という恋愛劇、青春劇を象徴するものになっていると思います。

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。Twitterアカウントは@frog88

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