初恋の鮮烈な匂いを漂わせるセンシティブなルーキー——「僕らのポラリス」(藤井亜矢)


「めぞん一刻」(高橋留美子)で、ヒロインである響子さんがあるときこんなことを語るシーンがある。「あなたはいいわよね、八神さん。だって…まだひとりしか好きになったことないんでしょ。」。

「めぞん一刻」はラブコメの古典であり、その基本形を作った作品のひとつだが、同時にラブコメというジャンルでは異端な作品でもある。何がかといえば、ヒロインの響子さんが未亡人であるという点だ。青年誌の作品だからというのはもちろんあるにせよ、何かとヒロインの処女性が問われがちな現在のラブコメの状況からすると、際立った特徴のひとつといっていい。

上に挙げたセリフは、そんな響子さんが、恋敵となった女子高生・八神に対していったものだ。主人公・五代が初恋の相手である八神に対して、響子さんにとっては五代は2人目の男になる。五代を好きになったと認めてしまえば、亡夫への思いが嘘になってしまいそうで怖い。このセリフはそういう気持ちから吐露されたものだ。

年を重ねた人間からすればウブすぎる感性だし、正直重すぎるとも思える。だけど、一方でこのシーンが響くのは、初恋というのはそういう特別な魔力を持っているという一面があるからだ。

初恋というのはときとして重い。その成否で本当に世界が終わってしまうんじゃないかと思うくらい、深刻なものだったりする。そんなこと、オッサンになるとすっかり忘れてしまうんだけど。

「僕らのポラリス」(藤井亜矢)は、そういう初めての感じがギュッと詰まった作品集だ。これ自体が藤井亜矢にとっての初めての単行本であるという意味でもあるが、収録作品にも初恋の匂いが鮮やかに広がっている。

もちろん学生を主人公にした少女誌の作品というのは、たいがいが初恋をテーマにしている。だけど、とりわけ藤井亜矢に初恋の匂いを感じるのは、その初々しさやまばゆさゆえではなく、そこに強烈なセンシティブさや切なさが漂っているためだ。

それがすべてで、失ってしまえば二度と取り戻せないという痛々しいまでの特別さ。「僕らのポラリス」にある輝きは、そういう(ある意味では錯覚や思い込みともいえる)切実さに裏打ちされている。

ストーリーやキャラクター自体がずば抜けているというものではないが、それでも読ませるのはその感性の力だ。デビュー単行本で見せたその存在感が、今後どう花開くのか、楽しみなルーキーだ。

(本作は1巻完結です)

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。インフルエンザにかかりましたが、熱は下がってます。Twitterアカウントは@frog88。

関連リンク
僕らのポラリス| | マーガレットコミックス|BOOKNAVI|集英社

No comments yet.

この記事にコメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)