カバー裏に描かれた、水平線に浮かぶ孤島と高い高い入道雲。決して立ち入ってはいけない島の聖域。いたはずのない翼竜の化石。そして、カバー表にはアイスキャンディ(アイスクリームでもソフトクリームでもなく、アイスキャンディ!)をくわえた少年2人……。
こうやってちょっと並べただけでもうワクワクしてきませんか? これぞ正しい“夏の冒険”っていうのが、「南国トムソーヤ」(うめ)には詰まっているんです。
「南国トムソーヤ」は、両親を失った主人公の少年・チハルが、沖縄本島から500kmという日本の果ての果てにある羽照那島へと転校してくるところから始まります。冒頭のカラーページは視界いっぱいの海にマンタと少年。始まった島での生活もヤギの解体やら本土の人間とは感覚が違う離島の人々との出会いやらと、鮮やかな非日常をめいっぱい見せてくれます。
舞台である羽照那島は架空の島ではありますが、幕間に挟み込まれる実際の沖縄情報と創作が入り交じった「羽照那島観光ガイド」もあって、実在する島のように活き活きとしています。ヤギ肉を使った「ひーじゃー汁」とか、ちょっと怖いけど、食べてみたくなりますしね。そういう未知の生活に入っていく感覚だけでも十分“夏の冒険”的です。
とはいえ、子どもの頃は輝かしい非日常だった何かが、大人になるにつれただの日常になっていくように、鮮やかな離島での生活も、物語が進んでいけば、いずれは日常に変わっていきます。
それはそれで楽しいのですが、本作はあくまで日常譚でなく、徹底的に冒険物語なんですね。チハルが島での暮らしに慣れていくのと同時に、新たな、そして真の冒険が始まっていきます。それは、島に隠された、大人も知らない民俗学的歴史という大きな謎。序盤の「僕が」知らない離島の生活という個人的な冒険が、1巻後半には「誰も」知らない島の秘密をめぐる人々の冒険へと変貌していくわけです。
未知の場所のワクワクから世界の秘密や謎をめぐるドキドキへというこの感覚、作風はまったく違いますが、僕は「のび太の大魔境」や「のび太の海底鬼岩城」の序盤を思い出します。息もつかせぬ急展開というわけではないのに、ワクワク感がどんどん募っていくんですよね。
本作のタイトルに引用されている「トム・ソーヤの冒険」が少年少女のために書かれた物語であると同時に、かつて少年少女だった大人たちに、その頃を思い出させる物語であろうとしたように、優れたジュブナイルは大人のための物語でもあります。「南国トムソーヤ」は、まさにそういう大人の夏の課題図書。真夏に汗かきながら読んでほしい作品です。
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。Twitterアカウントは@frog88。
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