マンガ家の夢か、就職か。今年一番エグい30代の就職物語——「花咲さんの就活日記」(小野田真央)


誇張とかでなく、夜中に読んでいて思わず叫びそうになった。奮い立つような気持ちではない。あまりに辛くて、だ。「花咲さんの就活日記」(小野田真央)は、それほどしんどく、僕の心をえぐってきた。

不景気や社会不安を背景に、20代、30代のしんどい状況や心境を描く作品は確実に増えてきたし、実際今年だけでもそういう作品をいくつも読んだ。だから、マンガ家になる夢と、諦めて就職するという現実の間で揺れ動く31歳・彼氏ナシの女性の話である本作も、“最近では珍しくはない”くらいに思っていた。

しかし、とんでもなかった。この“しんどさ”は今年一番だ。ライトな印象のカバーイラストとは裏腹に、これでもかというほど息苦しい展開が続く。

主人公・花咲さくらは、一度はマンガ家としてデビューし、連載もつかんだものの、担当とのトラブルから連載が終了。その後はマンガ家としての仕事がつかめないまま、就職と退職を繰り返し、気付けば4年、31歳の無職になっていた。いい加減、夢を追いかけていられる年齢でもないという自覚はある。だけど、一方でまだ夢にしがみつけてしまう年齢でもあるという、宙ぶらりんで前が見えない状況が描かれる。

「自分が何者でもない」という苦悩は、若者のテーマだ。この作品にある苦悩も、一見そういうものに見える。だが、本作を読んでいて感じる“しんどさ”は、たぶん逆で、「何者であるかを決断できない」ことの苦悩だ。

才能が全くなければあきらめもつくかもしれない。だが、なまじデビューするくらいの才能は持っている。だから、きっぱりと諦めることができない。じゃあ、なりふり構わずマンガ家として食っていこうという覚悟があるかというと、それもない。夢に踏み出すことも怖い、夢から逃げることも怖い。そこにあるのは、何かの途上にあるから宙ぶらりん感でなく、先送りした夢が死んでいくのをただ待っている息苦しさだ。

そして、何よりしんどいのは、たいした覚悟もなく先送りを続ける自分のダメさを、彼女自身が内心自覚している点だ。ダメな自分から目をそらしている自分を、どこかで軽蔑しながら生きる花咲さんの姿は、直視できないほどの痛々しさがある。読んでいて、身につまされるようで本当に辛い。「もしかしたら、周囲のまともな大人なら、自分みたいに苦しまず、他人事のように読めるのかもしれない」と思うと、さらに耐えられなくなる。

自分に対する軽蔑は、他人がどんなに慰めても癒えることがない。だから、「花咲さんの就活日記」には、降ってわいたような救いは存在しえないだろう。臆病者の僕は、1巻を通して続く逃げ場のないしんどさに心が折れそうになった。だが、それほど恐ろしいのに、目をそらすこともできなかった。本作にはそういう鬼気迫る迫力とパワーがある。

(このレビューは第1巻時点のものです)

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。最近Twitterで「妖怪レンゲ舐め」と呼ばれるようになってしまいました。インターネット怖いです。Twitterアカウントは@frog88

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IKKI 連載作品紹介-花咲さんの就活日記 小野田真央

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