本読みの醍醐味が味わえる重厚なミステリー――「幽麗塔」(乃木坂太郎)


精緻なタッチで描かれたマンガが好きである(逆にいえば、美しくないマンガがニガテということだ)。これは画風やキャラの顔がどうこうではなく、単純に絵や画面構成の話である。デッサン狂いまくりのマンガなんかは、それだけでパスしたくなる。

その点で、画面が死ぬほど美しい本作、「幽麗塔」(乃木坂太郎)には心底ホレボレする。テーマが殺人事件であるため、ひたすら暗いコマが連続するのだが、その暗さを微塵も感じさせない。なぜなら、計算されつくした絵と画面が美しいからである。独創的なコマ割りのリズム感も心地いい。

原案は、明治~大正期に活躍した作家・黒岩涙香(くろいわ・るいこう)の「幽霊塔」。涙香は多数の海外作品を翻案した人で、「幽霊塔」もイギリスの作家アリス・マリエル・ウィリアムソンの「灰色の女」がベース。その後、「幽霊塔」は江戸川乱歩によっても再翻案されている。それほど完成度が高い作品ということか。

さて本作。舞台は昭和29年の神戸に変更され、金も恋人も容姿も何もない青年・天野太一の前にナゾの美青年・沢野鉄雄が現れるところから始まる。鉄雄は、2年前に殺人事件が起きた「幽霊塔」と呼ばれる建物に太一を連れていき、管理人への応募をすすめる。

突然そんなことを言われても、何が何だかわからない太一。しかし鉄雄は意味ありげに、「僕についてくれば、金も名誉も女もすべて手に入るけど?」と宣言する。その真意は何かと考える間もなく、読者には鉄雄の重大な秘密があっさりと明かされる。

こんな風に、物語のテンポは早い。第1巻の終盤近くで、新たな殺人事件が起きるのだが(この死体の美しさにヤラレマシタ……)、それは見立て殺人のようでもあり、模倣殺人のようでもある。太一と鉄雄は、事件の真相を探り始める――。

このあたりから、ページをめくる手が止まらなくなる。その後の展開がどうなるかは、まったく予想もつかない。早く読みたいけれど、読んでしまうのはもったいないような、あの感覚。完成度の高い作品を手にしたときにだけ味わえる、本(マンガ)を読む醍醐味が満喫できるのだ。

ところで、疑問が一つ。神戸が舞台なのに、登場人物は誰ひとり関西弁を喋らない。これが作者のどういう意図によるものか、一点だけ引っかかった。

(このレビューは第2巻までのものです)

記事:浮田キメラ
幼少時よりのマンガ狂で、少年ジャンプ創刊号をリアルタイムで買った経験もある。
「上手にホラを吹いてくれる作品」が好み。

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