幻の60年代に閉じ込められた、永遠の友情と青春——「坂道のアポロン BONUS TRACK」(小玉ユキ)


「坂道のアポロン」(小玉ユキ)が番外編にあたる「BONUS TRACK」をもって完結を迎えた。60年代の長崎を舞台にジャズと友情、恋を描いた本作は、00年代以降を代表する青春譚のひとつといっていいだろう。しかし、一方で本作は、青春譚としては、やや異色な部分を持っている。

青春譚には、「欠落感といかに向き合うか」という大きなテーマがある。青春時代、思春期というのは、全能感に満ちた子ども時代を終え、全能でないこの私に気付く季節であるためだ。だから、青春物語はほぼ必然的に挫折や孤独、コンプレックスを内側に抱えることになる。

「アポロン」でも、もちろんそうした欠落感は描かれている。主人公である“ボン”こと西見薫も、その親友となる川渕千太郎も、ともに癒やしがたい孤独感、空虚さを内側に抱えている。だが、その癒やしかたをどうするか、という点が多くの青春譚と少々異なっている。それは、成長モチーフの少なさだ。

青春譚は、多くの場合、成長のモチーフが入ってくる。自分の不完全さに向き合い、葛藤し、乗り越える。その乗り越えかたが、欠損の克服なのか、欠損との和解(自己承認)なのかという方法的違いはあるにせよ、何らかの内的成長で欠損を克服していくのが一般的だ。

これに対して、「アポロン」では、ボンも千太郎も、物語の開始当初と内的にほとんど変化がない。彼らをめぐる状況や、年齢の変化はあっても、ボンは昔と変わらずどこかナイーブさを抱えた青年であり、千太郎はヤンチャなお兄ちゃんであり続けている。だが、彼らが物語のはじめに抱えていた欠落感は、最後には埋め合わされ、多幸感に満ちた結末が彼らを迎えている。

なぜ成長モチーフが希薄なのかという問題には、この作品の本質が関わっている。ボンと千太郎という2人の友情譚である本作は、実は恋愛物語の構造をとっているのだ。

ボンと千太郎はBL的関係ではもちろんなく、それぞれが迎律子をはじめとするヒロインたちと恋に落ちることになる。だが、この物語において、本質的に“運命の相手”として描かれているのは、ボンと千太郎の2人だ。彼らは出会った瞬間から、互いに唯一無二の存在であることを予感されており、実際物語は2人の永遠の友情が達成されていく様子が描かれていく。

この“運命の2人”という恋愛的モチーフは、成長というテーマと相性が悪い。“運命の人”というのは、いついかなるときも、その人がその人である限り惹かれ合い、ありのままを受け入れる人間関係だ。一方、成長譚というのは、過去の自分との決別でもある。「成長することでベクトルが向き合っていく物語」は、ありのままの私を受け入れる“運命の人”とはうまく噛み合わないのだ。だから、恋愛的友情を描く「坂道のアポロン」は、成長モチーフを極小化することで、その美しさを際立てている。

この構造は、物語のフレームと、「BONUS TRACK」で描かれるラストシーンでも貫かれている。

たとえば、本作は60年代の長崎を舞台にしているということでも有名だが、実はこの時代設定は幻だ。

「坂道のアポロン」が始まるのは1966年で、ボンたちが高校を卒業するのは69年の春。彼らはあっさりと高校を卒業し、大学へと進学していくが、69年というのは70年安保をめぐる学園闘争が火を噴き、東大の入試がロックアウトされた年だ。そして、この年、「アポロン」で描かれる佐世保東高校のモデルといわれる佐世保北高校では、村上龍の自伝的小説「69」で描かれるように、バリケード封鎖が起こっている。

モデルの高校であったことがそのまま作品に反映されるわけではないし、作中でも安保闘争といったエピソードが顔を出すことはある。だが、そうした政治的熱狂が駆け巡った季節としての60年代は、本作では決して色濃くなく、輝かしく平和な学園生活が続いている。

それは時代考証の不備ではない。「アポロン」における60年代が意味するのは、日本の1960年代そのものではなく、本質的に「グッドオールドデイズ」の象徴であり、どこでもない架空の「古き良き昔」なのだ。

“運命の2人”をめぐる物語というのは、とりもなおさず“永遠の関係”をめぐる物語だ。出会った瞬間にお互いを不足なく補完し合う以上、その関係は時を経てももはや変わることはない。おとぎ話が「めでたしめでたし」で終わり、その後の幸福を約束し続けるのと同じように、「アポロン」は結末にたどり着いた瞬間、時間とその関係が凍結され、永遠の幸福を約束される。

だから、“アポロンの60年代”は、実際の時代と無関係に、2人の邂逅と和解を持って永遠に幸福な時代として閉じ込められる。だから、「BONUS TRACK」の最後のエピソードは、再会で締めくくられる。年齢を重ねたキャラクターたちは、それぞれ容姿こそ変わっているが、その関係性はまったく変わらない。彼らは物語にエンドマークが付いたあとは、永遠の60年代を生きることになるのだ。

そして、最後の数ページ。詳細は実際に読んでもらってのお楽しみだが、すべてのモチーフはここで、輪廻を迎える。永遠の60年代に閉じ込められた彼らの青春は、加齢して変化することなく永遠を約束されている。だから、物語の後日談は、加齢と変化でなく、それをそのまま受け継ぐように、繰り返すことで完結する。

それは、もちろん美しい嘘だといわれればそのとおりだ。しかし、永遠に閉じ込められた彼らの運命と青春は、だからこそ美しく、どんな時代に生まれた人間にも輝かしく光を与えてくれるのだ。

(本作は完結時のレビューです)

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。今年は取材でたくさんクリスマスイルミネーションを見ました。男2人で。Twitterアカウントは@frog88

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小学館コミック -フラワーズ- 試し読み『坂道のアポロン』
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