空腹を知らない不幸——「王様達のヴァイキング」(さだやす/ストーリー協力:深見真)


「これは——のちに王冠を抱くことになる二人の、宝探しの航海記である」。「王様達のヴァイキング」(さだやす/ストーリー協力:深見真)は、第1話のラストでそう宣言している。

PCに関すること以外はほとんど社会不適合者という天才ハッカー・是枝一希と、起業したばかりの若者たちに個人で投資する“エンジェル投資家”・坂井大輔の出会いから始まる本作は、ハッカーたちの攻防を描くサイバーマンガであり、さまざまな若き起業家たちの物語であると同時に、冒頭の宣言どおり、2人の冒険の物語だ。

宝探しというのは、少年マンガにおけるもっとも古典的なモチーフといってもいい。わかりやすいところだけ見ていっても、戦後マンガの原点といわれる手塚治虫の「新宝島」から始まり、「ひとつなぎの大秘宝」を求める「ONE PIECE」(尾田栄一郎)まで、時代を経ても少年マンガにおける王様的モチーフとして君臨し続けている。

もちろん、「王様達のヴァイキング」における「宝探し」というのは比喩的表現であり、別に彼らが本当に、ハッキング(もしくはクラッキング)を通じて宝探しをする話ではない。だけど、クラッキングの才能以外何もない孤独な天才が、その才能を見出す男に出会い、起業という形で世界に挑戦していくという物語の骨子は、まさに少年マンガ的だ。坂井の支援を受け、起業という挑戦をしている若者たちの情熱や勢いも、1巻後半でクラッカーたちと対決する是枝の手腕も、どれも疾走感に満ちており、爽快だ。

だけど、「王様達のヴァイキング」が面白いのは、単なる起業サクセスストーリーではない点だ。仕事というファクターを通じて、是枝一希という18歳の若者の幸福をめぐる物語になっているのだ。

物語の始まり、是枝と初めて出会った坂井は、その才能に惚れ込み、すぐに起業を持ちかける。自身が27歳の時に起業し、2年後に20億でバイアウトした話をした坂井は、当然是枝が「ワクワクする」と思っていた。だが、是枝はひとこと「興味ありません」と答える。

その後、是枝は結局坂井の支援で仕事を始めることになるのだが、そうなっても事業内容が決まらない。是枝が何が好きで、何をしたいのかわからず、坂井は何度も悩むことになる。

坂井は典型的な起業家だ。それは、経営や事業立ち上げの才能や経験があるからというのもあるが、何よりも坂井には枯れない欲望がある。新しいことにワクワクし、世界を変えることを夢見る。すでに自分の人生に必要なだけの金を手にしていながら、なおエンジェル投資家として走り続けるというのは、欲望という才能がなければできないのだ。

それでいうと、是枝は坂井と真逆の人間だ。好きなことを聞いても「ありません」。PCさえあればそれでいい。是枝は極端に欲望を知らない人間なのだ。

「無欲」という言葉は、一般的には美徳として扱われる。逆に「欲深い」ことは悪徳だ。

確かに、欲があるからこそ空腹感や飢餓感が生まれる。空腹が満たされないことは、人にとって悲劇といっていい。

だけど、空腹を知らないことは不幸だ。

何を欲望していいのかわからないまま生きることは、人に生きる意味を見失わせる。PCさえあればいい。ほかに望むべきものを知らない是枝は、飢餓感を持たない代わりに、望むべき幸福も知らない。そのことが是枝に、孤独と空虚感を与えている。

だからこそ、「王様達のヴァイキング」では、是枝がハッキング(クラッキング)技術を駆使してサイバー犯罪と戦う姿と同時に、是枝が仕事を始めるまでの過程をじっくりと描いている。何を望み、何のために働き、何を手にするのか……それを探し続けているのだ。

起業家たちの物語であり、ハッカーたちの物語である「王様達のヴァイキング」は、何よりも是枝自身の欲望と渇望を探す物語であり、孤独と幸福をめぐる冒険なのだ。

(このレビューは第1巻時点のものです)

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。2012年はだいたい1000冊ちょっとマンガを買ってました。Twitterアカウントは@frog88

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