年に何度かなのだけれども、明らかに「冷静さを欠いている」作品に出会うことがある。作品自体が熱いとかドジッ子を描いてるとか、そういう意味ではない。打ち合わせ段階でどういうプロセスを経たのかわからないけど、「GO」という判断が下されたとき、少なからず関わった全員が冷静さを欠いていただろうな、と思わせる作品だ。
今年もそんな作品が無事たわわになって、収穫を迎えた。「初恋モンスター」(日吉丸晃)もそのひとつだ。
お金持ちの家に生まれた世間知らずのお嬢様が、初めて実家を出て暮らすことになり、そこで一見俺様系っぽいイケメン・高橋に出会い、恋に落ちる。「初恋モンスター」の骨子は、こんな感じで良くも悪くもありきたりな恋物語だ。
が、このイケメン青年というのが、実は小学5年生なのだ。いや、うん、どう見ても高校生以上という感じなんだけど、縄跳びとかしてるのだ。
このあたりで、「あ、関わってる全員がある程度冷静さを欠いてるな」とわかる。少なくとも誰かが途中で「え……ど、どういうことですか……?」と正気に戻って質問したら、返答に困るタイプの作品だ。もちろん途中でそういう反応を受けながら、必死でその面白さを説き伏せて世に出てきた可能性も高い。であるとしたら、僕としては、その人を「ナイスバカ」として褒め称えたい。
だってですね、高橋だけで十分狂ってるわけなのに、そのあとの高橋の同級生。もうズラリと並んだ小学5年生の絵面ときたら。のぼり棒とイケメンという異様な組み合わせの絵面ときたら。この絵面だけで、またVIPに「最近の少女マンガが狂ってる件」というスレが立つレベルだ。あと、どうでもいいけど、この絵面、どこかで見たことあるなと思ったら、女教師もののAVで、男優が無理矢理小学生役やってるときのあの絵面だった。
「初恋モンスター」の異形さは、そういうパンチ力の強いギャグテイストを中心に置きつつ、同時に物語自体は純正の少女マンガをやっているところだ。高橋はバカで無邪気な小学生でありつつ、同時に非の打ち所のない(いや、あるけど)王子様であり、ヒロインは清純可憐。自分のコンプレックスに悩んだり、年の差を筆頭にした恋の障害に悩んでみたりと、実にまっとうに恋愛マンガを展開している。このミスマッチ感がクセになるのだ。
こういう作品が出てくるっていうのは、最初に書いたように、誰かしらが(あるいは全員が)冷静さを欠いていた結果だと思う。だけど、それは決して悪い意味ではない。マンガは、物語というのは、数式やマーケティングではない。もちろんできあがって世に出てしまえば、理路整然と分解・分析して語ることもできる。だけど、作り上げるそのときは、理屈で割り切れないものを持っている。
「初恋モンスター」は、冷静さを欠いているが、であるがゆえに振り切っている。いくところまで徹底的にいってしまおうという思い切りの良さがある。その思い切りの良さが、笑いを誘う破壊力を持った絵面を生み、同時に赤面するほどド直球のピュアなラブストーリーとしても成立させている。
インパクトのある発想がすごいというのはもちろんだけれど、ここまで思い切りよく振り切らせた“冷静じゃなさ”が、この作品の表現しがたいアンバランスな魅力を作っているのだと思う。
イケメンが縄跳びやのぼり棒に興じるこの絵面、絶対実写で見たいのだけど、もし実写化するときは、この原作の思い切りの良さをしっかり受け継いでほしいなと思っている。
(このレビューは第1巻時点のものです)
記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。2012年はだいたい1000冊ちょっとマンガを買ってました。Twitterアカウントは@frog88。
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