メディアによる報道などもあって、世界で日本のマンガやアニメが流行していることは多くの人が認識していることだろう。しかし、実際に海外でどのようにマンガが受け入れられ、市場を築いているかは、詳しく報じられる機会が少ない。
たとえば、「日本に次いでマンガの売り上げが大きい国」と聞かれて即答できる人は多くないだろう。イメージ的には国の大きさもあって、アメリカあたりを想像する人もいるだろう。
実は答えはフランス。人口でいえばアメリカの6分の1ほどしかないこの国が、日本に次ぐマンガ大国なのだ。では、いったいフランスではどのようにして日本のマンガが受け入れられていったのだろうか?
フランスには、もともと「バンド・デシネ(B.D.=べー・デー)」と呼ばれる“漫画”がある。日本マンガも当初は「ジャパニーズ・バンド・デシネ(B.D. japonais)」などと訳されていたことからもわかるようにマンガとB.D.はよく似た文化だ。B.D.は単行本描きおろしのフルカラーで出版されることが多い点や、一冊1500円から3000円程度と日本のマンガ単行本と比べると非常に高価な点など、異なる点も多いが、コマ割りされた絵の連続で表現されるストーリーや、吹き出し内に書かれたセリフなど、共通点も多い。
しかし、ではB.D.の延長として日本マンガが受け入れられたかというとそうではない。フランスではB.D.とマンガは異なる文化として住み分けがなされている。B.D.の読者は、日本では絵本を読むような子ども、あるいはB.D.を芸術作品としてコレクションしている中年以上の世代が多い。反対に主なマンガの読者層は中高生から20代くらいの若者だ。
こうした住み分けが生まれたのは、フランスにおける出発点の違いが大きい。
フランスで本格的に日本マンガの翻訳出版が始まったのは、今からおよそ20年前、90年代に入ってからのことだが、そのきっかけとなったのはアニメだ。1988年に始まった「ドラゴンボール」など、フランスでは80年代後半に多くの日本製アニメがテレビで放送され、若者を中心にアニメブームが巻き起こった。ブームに押されるようにして1993年にフランス語版「ドラゴンボール」(鳥山明)が発売。これを皮切りに、日本のマンガの翻訳が活発化していくこととなった。
日本のアニメがフランスで一気に増加したのには理由がある。欧州の経済不況だ。
1980年代後半、不況にあえいでいたフランスのテレビ局は、番組制作費を切り詰めなければならなかったのだ。そんな中白羽の矢が立ったのが日本アニメだ。自社で制作したり、アメリカ制作のアニメを買い付けたりするよりも安く放送できる日本製アニメは、テレビ局から好まれ、多くの日本アニメが放送されるようになった。その後日本製アニメは子どもたちから人気を獲得。「北斗の拳」や「マジンガーZ」などのアニメは国境を越えて愛された。バラエティ番組がほとんどないフランスでは、現在でも子ども向けテレビ番組として日本のアニメが多く放送されている。
こうした爆発的人気は一方で反発を引き起こすことにもなった。80年代当時、有力政治家が著書のなかで日本アニメの暴力描写を名指しで批判するなど、アニメの流行は一時社会問題にまで発展。いくつかのアニメ番組が打ち切りとなる原因のひとつにもなった。
こうしたこともあって、現在の親世代にはアニメ・マンガに悪いイメージを持っている人も少なくない。あるフランス人のマンガファンはこう話す。
「私たちの親の世代には『マンガは悪書』と思っている人たちが多くいるわ。暴力描写や性描写がいけないものだと思っているの。だから親たちは子どもに、より“文化的”なB.D.を読ませようとするわ」
だが、こうした逆風の状況下にあっても、日本のマンガは死ななかった。それどころか、幼少期に日本製アニメに熱中した人たちは、やがて原作も読みたいと思うようになっていた。アニメ放送の開始から5年後、マンガ「ドラゴンボール」がフランスの大手B.D.出版社・Glénatから刊行が始まると最終巻の42巻まで5年足らずという日本のおよそ2倍のペースで刊行されていくことになる。
また個人経営のB.D.書店であったTonkamがマンガの翻訳出版に参入。「電影少女」(桂正和)や「聖伝 -RG VEDA-」(CLAMP)を出版する。
その後も10社以上の出版社が日本マンガの翻訳出版に参入し、今日では、毎年およそ1000タイトルが出版されており、フランス出版業界全体を見渡しても日本マンガは大きな市場を築いている。また、フランスのマンガ出版社は、フランス人編集者が自ら翻訳するタイトルを選定し、プロモーションも自ら行うことが多い。例えば、日本では集英社の「週刊少年ジャンプ」で連載されている作品でも、「NARUTO-ナルト-」(岸本斉史)と「バクマン。」(小畑健/大場つぐみ)はKana社から、「ONE PIECE」(尾田栄一郎)と「BLEACH」(久保帯人)はGlénat社から、というようにフランスでは別々の出版社から発売されている。
このように、現在フランスで日本マンガを刊行している出版社のほとんどがフランス人によるものだ。小学館集英社プロダクションによる「Viz media」や「講談社USA」など日本の出版社が直接ビジネスを展開するアメリカのマンガ出版とは異なる産業構造を築いている。
では、フランスではどのようなマンガが読まれているのだろうか。
子ども向けアニメをきっかけに市場を拡大していった背景もあって、現在のフランスのマンガ読者のほとんどは幼少期にアニメに親しんだ世代であり、フランス版アマゾンに掲載されている日本マンガの売り上げランキングを見ても上位にあがるのはもっぱら少年マンガだ。「NARUTO-ナルト-」、「ONE PIECE」、「FAIRY TAIL」(真島ヒロ)といった作品が最近の売れ筋だ。
フランスではかつての日本がそうであったように「マンガは子どものもの」という意識が強く、小中学生時代にマンガに熱中した人であっても、成長するに連れてマンガから離れてしまう人が多い。
とはいえ、フランスでマンガが読まれ始めて20年が経過し、現在では「神の雫」(オキモトシュウ/亜樹直)や「イキガミ」(間瀬元朗)といった大人向け作品もランキングに登場するようになってきている。今年3月には「BILLY BAT」(浦沢直樹/長崎尚志)と「テルマエ・ロマエ」(ヤマザキマリ)の1・2巻が発売されどちらも好評をはくしている。このようにフランス最初のマンガ読者も中年にさしかかり、その年代に向けられた作品が読まれ始めていることが伺える。
さらに、欧州最大級の漫画フェスティバルである「アングレーム国際漫画祭」での受賞作を見ると、谷口ジローや水木しげる、浦沢直樹といった作家の作品が受賞している。今年は森薫の「乙嫁語り」が受賞したことで話題になった。これによってうまくB.D.の読者へ日本のマンガ文化をアピールすることができているのではないだろうか。
翻訳出版の本格化以来、マンガの刊行タイトル数は年々増加し続けてきたが、最近では少年マンガの出版が落ち着き、高止まりを見せ始め、これら大人向けマンガや少女マンガの出版が盛んになってきている。日本と同じように、大人同士で酒の肴にマンガを語ったり、親子で一緒にマンガを読んだりする、世代を超えた文化として定着するか――フランスのマンガ文化は、今発展の第2段階にあるといえるだろう。
記事:坂井拓也 SAKAI, Takuya
大学院にて日仏マンガ文化の研究を行う傍ら、フランスにおける日本のポップカルチャーに関連した記事を執筆している。TwitterはahYouthfuldays。ブログはhttp://japanfr.blogspot.com
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