スカート男子高校生・桃井くんの自由が大人世代にもたらすもの——『ボーイ★スカート』(鳥野しの)


 読み終わったあと、改めて『ボーイ★スカート』(鳥野しの)のカバーを眺めたとき、なんだかふと「民衆を導く自由の女神」の絵を思い出した。フランス国旗を掲げ、革命を先導する女性のあの絵だ。スカートを履く少年の姿は颯爽としていて、美しい自由をはためかせているように見えたのだ。

 大仰なことを書きだしてしまったけれど、『ボーイ★スカート』は別に闘争の物語ではない。スカートを履く男子高校生のユーモラスで清々しいお話だ。ある日突然スカートを履いて登校してきた優等生の桃井くんと、彼を見てざわめく同級生たち。その姿にショックを受けて別れを切り出す桃井くんの恋人・水先輩。そして、桃井くんの姿にワクワクした同級生の白井さん。スカートを履く桃井くんを巡って、物語は進んでいく。

 この話では、終始スカートを履くということを「ワクワクする」という視点で描いている。桃井くんがスカートを履いたきっかけも、街でスカート姿のおじさんを見かけて、かっこよくてワクワクしたことだし、桃井くんをはじめ、スカート姿の少年やおじさんたちの姿は滑稽であると同時に、自由で清々しい。

 だから、最初の印象は青春物語だった。ひとりの少年のみずみずしい青春の物語。でも、しばらくして、この自由さに胸を打たれるのは、案外僕ら大人たちなのかもなと思うようになった。

■フィールヤングでスカート少年が描かれた意味

 『ボーイ★スカート』の掲載誌であるフィール・ヤングは、いわゆるヤングレディース誌に当たり、ターゲット年齢層は比較的高い女性誌だ。おおむね20代以上くらいがメインになっているだろう。もちろん、だからといって高校生の話がダメというわけではないけれど、なんでまた男子高校生なんだろうという感覚はあった。

 だけど、考えてみると、実はこの物語で右往左往しているのは、桃井くんではなくて、むしろ周囲の人たちだった。

 すでに書いたとおり、桃井くんがスカートを履いたのは、ワクワクしたからだ。女性になりたいわけでも、女性のかっこうがしたいわけでもなく、男として、ファッションとしてスカートを履きたいから履いている。すごくシンプルな話だ。

 ところが、周囲の人間にとってはちっともシンプルではない。担任は桃井くんを呼び出すし、恋人は別れを切り出すし、父はイジメや悩みを心配する。同級生たちはデリケートな問題として扱ったり、妙にマジメに桃井くんのスカートを考えようとする。

 鳥野しのという人は、デビュー連載作の『オハナホロホロ』でも、女性同士のカップルと家族の問題をテーマにしている。『ボーイ★スカート』におけるスカートも、「男らしさ」「女らしさ」の不自由さというジェンダー的な象徴として機能している。だから、作中で白井さんが「(スカートが)あまねく男というものの上に降って来て」「老いも若きも」と夢見るのと同時に、桃井くんの父が「いっそスカートなどというものがこの世になければ」「なかりせば」と思ったりする。「スカートが女性性から解放されれば」も「スカートという女性性が存在しなければ」も、結局は「ジェンダーから自由であれれば」という問題だ。

 けれど、当の桃井くん本人はすでに自由だったりするのが、この話の面白いところだ。ワクワクしたから着るし、それについて悩むわけでも恋人に相談するわけでもない。同級生たちが大マジメに心配するのも彼にとっては全然ズレてる話なのだ。右往左往するのはまわりばかりで、桃井くん自身はちっとも気負っていない。ほぼ唯一面白がっている白井さんも、面白がれるのは桃井くんが自分と「関係ないからだ」と語る。桃井くんの生き方を、自分自身のものとして受け止める必要がないから、気軽に受け入れることができる、と。

 桃井くんのスカートをめぐる問題は、実は桃井くん自身ではなく、周囲の人間を巡っている。桃井くんにとっては「フツー」のことが、周囲からすると特別な「理由」が必要なことになる。『ボーイ★スカート』はずっとその関係を描いている。

 僕が『ボーイ★スカート』を読んで、「何かから自由になれた」と感じたのは、たぶんそのためだ。つまり、スカートというジェンダー的なモチーフに限らず、僕らは何かと「理由」を求められる。たとえば、結婚しない理由、恋人がいない理由、子どもがいない理由。年齢を重ねれば重ねるほど、自分の状態に理由を求められて、息苦しさを感じる。それが「悪いことではない」と誰も正しさを知っていながら、どうしても理由を求められてしまう。そのプレッシャーが「自分の生き方は間違っているのではないか」という不安になる。そこから逃げるために生き方を変えなければと追い詰められる人もいるだろう。

 『ボーイ★スカート』は、そういう大人たちにとってこそ、眩しくて楽しく、喜びに溢れた物語だ。「正しい権利だから」ではなく、「だって楽しいじゃん」というシンプルな気持ちが自由をもたらしてくれる。生き方の自由に正しさも闘争もいらないのだと語ってくれる。

 桃井くんのはためくスカートは、そういう自由を帯びているんだと思う。

記事:小林聖
フリーライター。ネルヤ編集長。年間のマンガ購入量はだいたい1000冊ほど。特に好きなのはラブコメです。Twitterアカウントは@frog88

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フィール・ヤング | 鳥野しの「ボーイ☆スカート」発売記念インタビュー!

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